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断界のネーデ  作者: 萱 景一
第1章

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生きる幸せ

 俺たちは『三毛猫の吐息』の入り近くの小窓から、中を覗いていた。

 そこにはアーサー達が腕を組みながら、話し合っている姿があった。

 これは……すずと抜け出したのが分かって、怒ってるかもしれないな。


「これ……大丈夫かな。なんかすごく怒ってそうな気がするんだけど」

「怒ってる……かもな。あれだけまとまって行動しようって言ってたのに、約束破ってるし」

「でも帰らない訳にはいかないよ。僕お腹空いたし、速く謝ってご飯食べようよ」


 コモの言うとおりだな。

 このまま窓から覗いていても何も変わらないし、謝ってしまった方が良い。


 俺は怒られる覚悟を決めて、すずを連れ『三毛猫の吐息』の扉を開ける。

 アーサー達の視線が俺たちへ集まる。


「……どこにいっていたんだい」

「あ~ごめん!俺がすずに頼んで、絵を描いてるところを見せて貰ってたんだ!勝手な行動して申し訳ない!」


 アーサーの鋭い視線が刺さる。

 俺の答えに、アーサーはしばらく無表情に徹していたが、深いため息を吐き、緊張を緩める。


「心配したんだ。ただでさえ狙われている零人君とすずさんがいないから。無事で何よりだよ」

「……本当に申し訳ない」

「ごめんなさい……」


 俺とすずは頭を下げてしょんぼりとする。


「なんだなんだ。二人でどこ行ってたんだよ~」


 凪は俺に近づき肘で小突いてくる。

 めっちゃ鬱陶しい。


「これだよ。ここにいっていたんだ」


 俺は内ポケットにしまっていた、小さなキャンバスを取り出して、凪へ見せる。

 その絵を見た凪は目を丸くして、感心した声を上げる。


「すずちゃん相変わらず絵が上手いな!……すずちゃんに過去の話は聞けたのかよ?」


 凪は俺の耳元で、囁く。

 聞けたんだけど……これは話していいものなのか?

 俺が過去の話を聞きたがったって言うのもあるだろうけど、あんまり話したくないから、俺を呼びだして、打ち明けたのではないだろうか。

 

 俺はチラリとすずを見る。

 するとすずはすでにこちらを見ていて、話してる内容を聞いていたのか、静かに頷いた。

 これは話していいって……事だよな?


「あぁ聞けた。なかなか壮絶な過去だった。AIに対しての認識が大きく変わったよ……」

「そう……か」


 凪もすずに目線を送る。

 すずは覚悟を決めた表情で、大きく息を吸い込み口を開く。


「みんなに……聞いてほしいことがあるんだ。私の過去に何があったのか。私が何で自分の描いた絵に自信が持てていなかったのか」


 すずは話し始める。

 自分の過去、思い、俺の言葉で立ち直れた事。

 そこには先ほど俺がすずと話した言葉も含まれていた。

 すこしこっぱずかしいが、俺は自分の言葉が、すずへちゃんと届いていた事に少しうれしく思った。

 すずの話を聞いたアーサー達の反応は、三者三様だった。

 アーサーは、そのプレイヤー達に怒りの感情を示し、凪は、話を聞いて自分に何もしてやれることが無いやるせなさに顔をしかめ、紗奈さんは、すずの心境に深い悲しみを示した。


「僕らは……お互いに分かり合えるはずだ。零人君達のような善良なビジターがいる限り、僕たちネーディアが、すべてのビジターがそうではないと学ぶ限り」

「すずちゃん……つらかったよね……ごめんね。私たちプレイヤーが弱いばかりに、あなたたちネーディアに当たってしまって……」

「全然気にしないで下さい! 今まで誰にも言えなかったけど……零人君に打ち明けて、うれしい言葉を貰って……。私、今は生きてるだけで幸せです!」


 すずは、少し涙ぐみながらも、花が咲いたような心からの笑顔で自分の思いを告げた。


「だけどさ、誰がすずちゃんを助けてくれたんだ? 話を聞く限りだと、かなりの致命傷を負っていたと思うんだけど」


 凪が首をかしげながら、宙を見つめる。


「僕もそこが引っかかってるんだ。僕の力であれば、恐らくその状態でもギリギリ助けられるかもしれないけど……同じ力を使える存在なんて、この世界にそう多くない。……念のため、確認してもいいかな」

 

 アーサーはそう言うと、懐から懐中時計のような『章探機(しょうたんき)』を取り出し、すずの胸元へゆっくりと近づけた。

 

 ――ピピ、ピピピピピピピッ!!


 瞬間。章探機は、まるで警告を発する心電図のようにけたたましいアラート音を鳴らし、真っ赤な光を激しく点滅させた。

 それを見たアーサーは、普段の冷静さを完全に失い、大きく目を見開いた。


「……そんな……まさか……」

「お……おい……アーサー、それって……」


 凪が顔面を蒼白にさせ、思わず後ずさる。

 紗奈さんは、両手で口を覆い、絶句して震えていた。


「え? なに? どうしたの?」

「すずさんの……体内に、断章が『ある』……」


 は?

 そんなことって……あるのか?

 いやいやいや。嘘に決まってる。

 断章は、この世界を崩壊させるような強大な力を持ったアイテムだ。それが、体の中に?

 さすがに、そんなことがあっていいはずがない。


「断章ってなに? なんかすごいものなの?」

「……」


 すずの無邪気な問いに、アーサーは言葉を詰まらせた。

 俺の脳内で、先ほどのすずの言葉が最悪の形でフラッシュバックする。

 

 ――背中から胸に、強烈な痛みと衝撃を感じて。

 ――服に、ベットリ血が付いていた。

 

 いや! 待て。

 まだ人間に都合の良い能力を持った断章の可能性だってある!

 現に、まだすずはこうして目の前で元気に生きているんだ。

 ただ力が宿っているだけの、良い能力のはずだ。


「すずさん……もしかしたら、あなたは、あの湖畔でもう、すでに――」

「やめろッ!!」

 

 俺は思わず、テーブルを叩き割るほどの勢いで叩き、アーサーの言葉を強く遮った。

 俺だって、分かっている。

 その言葉の先にある、残酷すぎる真実の可能性くらい。

 

 彼女は一度、あの森で死んだのだ。

 失われた命の代わりに、この『断章』が、彼女の体を無理やり動かしているだけだとしたら――。


 しかし……言わなくてもいいじゃないか。

 たった今、「生きてるだけで幸せだ」と笑ったこの心優しい少女に。

 そんな無慈悲で絶望的な言葉を、突きつけなくてもいいじゃないか。


「アーサー、頼むから、やめてくれ。……いいじゃんか。すずは今、こうして生きて笑ってるんだから。……なぁ、みんな!」


 俺はすがるように周りを見渡す。

 すずは俺の剣幕とこの重い空気が理解できず、オロオロと戸惑っている。

 だが、他の空亡のメンバーは誰一人俺と目を合わせようとせず、苦痛に顔を歪めて顔を背けていた。

 

 なんか……言ってくれよ……。

 大丈夫だって。お前の勘違いだって、笑ってくれよ……。

 

「……あぁ、そうだな。零人君の言う通りだ」


 沈黙を破り、アーサーが静かに息を吐いた。章探機を懐にしまい、険しい顔のまま告げる。


「ただ……一つだけ確かなことがある。すずさんは今後、我々空亡で絶対に保護しなければならない。すずさんが断章をその身に宿していることを他のビジターやシステムに知られたら、真っ先に彼女自身が『アイテム』として狙われ、解体されてしまう」

「そう……ね。すずちゃん。心配しないで。私たち空亡の全員で、絶対にあなたを守るから」

「あ、ありがとうございます……?」


 なんとか……ならねぇかな。

 たった今、俺が守ると誓ったばかりなのに。

 もうこれ以上、すずに辛い思いなんかさせたくないのに。

 俺は、ギリッと奥歯を噛み締め、膝の上の拳を強く握りしめながら、ただ顔を伏せることしかできなかった。

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