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断界のネーデ  作者: 萱 景一
第1章

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28/33

分からないこと

「何だ。また急いでネーデに潜るのか? ……程ほどにしとけよ。脳への負担は大きいからな」


 息を切らしてアパートへ駆け込むと、中庭のベンチでタバコをふかしていた薫さんが、俺の顔を見るなりそう呆れたように声をかけてきた。

 何故、俺がこれからネーデに潜ることが分かったんだ……。そんなに焦った顔をしていただろうか。

 まぁいい。

 俺は足を止め、そういえば朝聞き損ねていたことを尋ねてみることにした。


「朝言ってた、薫さんのバディってどんなやつなんですか?」

「ん~? 銀色の『蜘蛛』だな。私のバディは、喋らないタイプなんだよ」


 薫さんはそう言うと、ズボンのポケットからスマホを取り出し、俺へ画面を見せてきた。

 そこには、一匹の美しい銀色の蜘蛛が映し出されていた。蜘蛛は器用に前足を左右へ振ってこちらに挨拶すると、画面の下部にポンッと吹き出しが現れ、『よろしくね~』とテキストが表示された。

 ……少しかわいい。

 音声で喋らなくても、しっかり意思疎通は出来るみたいだ。

 よくよく考えてみると、緋音さんのバディである『シグ』も喋っているところを見たことがない気がする。

 意外と、喋らない設定のバディも多いのだろうか。


「なんか、可愛いですね」

「そうか? 私にはこの良さがあまり分からないが……。零人のバディはどんな感じなんだ?」

「狐ですね。ちょっと待ってくださいよ~……」


 俺は自分のスマホを取り出し、コモを呼び出す。

 すると、なぜか口を尖らせた不満げなコモが画面に出てきた。


【……僕だって可愛いし】


 なんだこいつ。ヤキモチ焼いてんのか?

 俺はそんなコモの人間臭い表情に、思わず笑ってしまう。


「わかったわかった。お前も可愛いよ。薫さん、こいつ『コモ』っていうんです」

【なんだよ! 子供扱いして適当にあしらわないでよ!!】


 スマホの画面の中で、コモがジタバタと暴れ出す。

 そんな様子を見ていた薫さんは、「アハハ。零人のバディも、すげぇ人間臭くて可愛いじゃないか」とニコニコしながら笑った。

 

「薫さんって、ソウルリンカーをいつから始めたんです?」

「ん? 発売当日からだな。しょっちゅう潜る訳じゃないが、歴だけは割と長いぞ」


 へ~、意外だ。

 普段の自堕落なイメージからして、そこまで最新のVRゲームをやり込んでいるタイプには見えなかった。

 もしかして、長くやっているなら、ネーデに関する裏事情なんかにも詳しかったりするのだろうか。


「ってことは、割とソウルリンカーのシステムとかについても詳しかったりします?」

「まぁ、一般のプレイヤーよりは、それなりにな」


 ほう。

 知っている可能性は低いかもしれないが……俺が初めて潜ったときに起きた、あの異常事態について聞いてみようかな。


「俺、ソウルリンカーを始めた時に、他の人とは違う異常な事が大量に起きたんですけど。その中でどうしても分からない単語があって、知ってるか聞いてもいいですか?」

「『他の人とは違う異常な事』って部分も大いに気になるが……まぁいいぞ。なんだ?」

「ありがとうございます。それじゃあ……『根源候補者』って言葉、知ってますか?」


 俺がその言葉を口にした、次の瞬間。

 ――ピタリと、薫さんの吐き出そうとしたタバコの煙が止まった。

 ほんの一瞬。本当にコンマ数秒だけ、あの気怠げな薫さんの瞳から光が消え、底知れない冷徹で鋭い目つきになった。

 しかしそれは一瞬のことで、すぐに腕を組み、深く考え込むような表情に切り替わった。


「……いや。知らないな。聞いたこともない。初めて潜った時に、そんな言葉が表示されたのか?」

「えぇ。それから『回収部隊』とやらに急に襲われて、危ないところを知り合いのギルドに保護されたって感じです」

「そうか……。いいか、零人。その『根源候補者』って言葉は、ネーデの世界であまり口にしない方が良い」


 薫さんは灰皿にタバコを押し付けて火を消し、これまでに見たことがないほど真剣な、少し凄みのある表情で俺を真っ直ぐに見つめた。

 なぜ、そこまで強い口調で言わない方がいいと断言するのだろうか。


「なんでですか? 確かに異常な事だとは思いますけど……」

「……『念には念を』って奴だ。そもそも、回収部隊に狙われる時点で、お前は異常事態の真っ只中にいる。極めて危険なんだよ」

「回収部隊って、結局なんなんですか? 俺が所属してるギルドでは、断章を持っている人に現れる回収システムだって話だったんですけど」

「私にも詳しくはわからん。ネットの噂だと、運営が仕組んだイレギュラー排除のプログラムだとか言われているがな。だとしても、命が一度きりのあの世界で、不審なシステムに狙われない事に越したことはないだろ」


 言われてみれば、確かにその通りだ。

 死ぬ可能性を少しでも下げた方が良いに決まっている。

 しかし、結局のところ『根源候補者』とはなんなのだろうか。薫さんも知らないとなると、自力で調べるしかなさそうだ。


「わかりました。気をつけて潜ります。それじゃあ!」

「あぁ。……無理だけはするなよ」


 薫さんの静かな声に見送られながら、俺は足早に自分の部屋へと向かった。

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