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断界のネーデ  作者: 萱 景一
第1章

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チャット


 ――えー、ここはここであるからしてー。


 時は数学の授業中。

 俺は必死に、鶴舞先生の単調な念仏のような声を聞き流さないよう耐えていた。

 ……あーだめだ。まぶたが勝手に重力に負けて……

 っは! 危ない危ない。意識が飛びかけていた。

 

「おい、(つづり)。寝るんじゃないぞ」


 ウトウトと舟を漕いでいたのを、きっちり鶴舞先生にバレていたようだ。

 数学の授業は毎回、どうしても眠くなってしまう。俺にとって数学の数式はあまりにも簡単すぎて、脳が暇を持て余してしまうのだ。数学『以外』はからっきし苦手なんだけどな。


 俺の前の席に座る凪が、振り返って肩を震わせながら笑ってやがる。

 くそ、消しカスでも丸めて頭に投げてやろうか。


 ――キーンコーンカーンコーン――


「じゃあ、今日はここまでだ。次の範囲も予習しておくように」


 鶴舞先生がチョークを置き、教科書をまとめて教室を後にする。

 ふぅ。ようやく地獄の時間が終わった。

 最近、ソウルリンカーのやり過ぎか、授業中の睡魔が尋常じゃない。


「よっ! またハゲダコに目ぇつけられてたな」


 凪がニヤニヤしながら、俺の机に身を乗り出してきた。

 おいおい。鶴舞先生にそのあだ名を聞かれたら、お前もただじゃすまないぞ。


「ちょっと最近、ソウルリンカーに潜りっぱなしで眠くてな」

「ずっとだもんな。かといって、今の状況だとログインしないわけにもいかねぇしな」

「そうなんだよ。すずの事も気になるし……」

「おっ! やっぱりお前……」

「だからちげぇって。なんかすずの奴、深い訳ありみたいでさ。何があったか聞いても答えてくれないんだよ。一応、今度絵を描いてるところを見せてもらう時に、事情を話してくれるみたいだけど……」

「たしかになぁ。すずちゃんの俺たちを見る目って、他のAI達と少し違うんだよな。なんていうか、『恐怖してる』って感じの……」


 凪も、俺と同じ違和感を抱いていたようだ。


「そういえば零人、緋音さんからSNSのグループに誘われてるぞ」


 なんだって。俺のスマホにはそんな通知、一ミリも来てないんだが。


「あ~、そういえば喫茶店の時、お前だけ連絡先交換せずに帰ったっけな。ほいよ。今、招待送ったぜ」


 俺はスマホを取り出し、メッセージアプリを開く。

 すると、『空亡チャット』というありきたりな名前のグループへの招待が届いていた。

 俺は画面をタップし、グループに参加ボタンを押す。


『れいと が参加しました』

『アカネ:おっ、零人が参加したな。よくやったぞ凪』


 参加した数秒後、すぐさま緋音さんと思われる人物からメッセージが飛んできた。

 参加メンバーの一覧を見ると、基本的に知っているギルドの面々しかいないようだ。


『なぎざっぷ:また喫茶店で奢ってもらいますからね!』

『れいと:え~、よろしくお願いします』

『アカネ:堅苦しい挨拶はいい。それより任務はどうだ? 順調か?』


 緋音さんからの直球の質問に、俺はどう返信しようか迷ってフリック入力の指を止めた。

 順調といえば順調だが、トラブル続きと言えなくもない。

 すると、俺が文章を考えるより先に、紗奈さんが爆弾を投下した。


『紗奈ぴょん:れいくんがルーレットで2,000万リン荒稼ぎして、ブラックリスト入りして出禁になったの!』

『れいと:ちょっと紗奈さん!? それは今言わなくても!!』


 横を見ると、凪がスマホを打ちながら腹を抱えて笑い転げていた。

 そして、画面の向こうの緋音さんから、絶対零度のメッセージが返ってくる。


『アカネ:……は? 2,000万? 零人、お前ふざけるなよ。ルミナスの修繕費として全額寄付しろ』

『れいと:勘弁してください!!』

『なぎざっぷ:だけど緋音さん。零人が怪しいプレイヤーと接触したらしいです』

『アカネ:なに?どんなやつだった?』

『れいと:肩に骸骨を乗せた白髪で、顔に傷がある男と、青髪で幼い少年と、ナイスバディの女性でした。あとAIのおっちゃんも仲間みたいな感じでした』


 俺がメッセージを送ると、『既読』の文字はすぐについたものの、そこからパタリと返事が来なくなった。

 なにか思い出しているのだろうか。それとも、よほどヤバい連中だったのか……?


「……もうそろそろ、荷物まとめて帰るか。その間に緋音さんから返信来るだろ」


 凪が沈黙を破り、荷物を鞄へ放り込んで肩にかけた。

 たしかに、もう授業は終わって後は帰るだけだしな。


「それもそうだな。緋音さんから返信来なくなったけど、どうしたんだろうな」

「なんか裏で情報集めてるんじゃないか? それか、事態を重く見て直接ネーデへ潜って確認しに行ったのかもな」


 確かに、その可能性もあるな。

 もしあの連中が、団長さえも動くレベルの危険人物だとしたら。

 俺の脳裏に、怯えたようなすずの顔がよぎった。


「急いで帰るか」


 一刻も早くネーデに戻らなければならない。

 俺は鞄を片手に、少し早足で下駄箱へ向かったのであった。

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