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断界のネーデ  作者: 萱 景一
第1章

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管理人さん

 時刻は朝の6時。

 俺は頭に装着していたダイブギアを取り外し、ベッドに座ったまましばらくぼーっとしていた。

 ここ最近、連日長時間のログインを続けていたからか、脳の奥にずっしりとした疲労感がへばりついているような感じがする。

 のろのろとベッドから立ち上がり、テレビを点けてから歯を磨き、朝食の準備を始めた。

 今日は手軽に、トーストに目玉焼きを乗せただけの朝食にするか。

 俺は卵を割り、フライパンでジュージューと焼きながら、テレビの画面に目を向けた。もちろん、トーストを焼くのも忘れない。


 ――『今日のニュースです。先日、AIWE(アイウェ)社が【生きている人間の意識を、コンピューターの中に直接移植する技術】の開発に成功したと発表しました』――

 

 テレビで、キャスターのお姉さんが淡々と驚くべきニュースを読み上げている。

 すごいな、AIWE。

 あれだけリアルな世界『ネーデ』を作れる企業だから、いつかは人間の意識そのものをデータ化する事もできるだろうとは思っていたが、予想以上に早かった。

 しかし、続くニュース番組のスタジオでは、評論家達が「永遠の命の倫理観」や「データ化の危険性」、そして「データ化された人格は果たしてオリジナル本人と同一と言って良いのか」など、顔を真っ赤にして激しい討論を繰り広げていた。

 

 そうだよな。

 ネーデの世界で生活しているAI達は、元になった学習データはあるとはいえ、生きた人間の意識をそのまま持ってきている訳ではないのだ。

 だから、この討論している倫理的な問題には直接当てはまらないだろう。彼らは元々が『あの世界で生まれた存在』なのだから。

 しかし、俺たち人間はコンピューターの中の住人ではない。

 俺たちプレイヤーは、ダイブギアで自分の脳の五感を拡張し、ネーデへ接続しているだけだ。

 だが、肉体を捨て、脳を経由せずに直接『データ』として永遠に生きるとなったら……。それは果たして『本人』と言って良いのだろうか。

 難しい話だ。


【うわぁ、美味しそう! 今度、ネーデで僕にも作ってよ!】


 スマホから、コモがよだれを啜るような元気な声が聞こえた。

 

「別に構わないけど、どうせならこんな手抜きじゃなくて、もっと凝った料理作ってやるよ?」

【えー! 普段零人が食べてるものを食べたいんだよ! 現実のご飯、気になるじゃん!】

 

 そういうもんなのかねぇ。

 俺からすると、どうせ食べてもらうなら少しは見栄を張って凝りたいんだけどな。

 俺は半熟の目玉焼きを焼きたてのトーストへ乗せ、テーブルへと移動する。


「にしてもさ、コモに言うのもおかしな話なんだが、ここのところのAIの発展って凄まじいよな。昔からAIの概念はあったけど、数年前から急激に技術が飛躍した気がする」

【そうなのかなぁ? 僕はここで生まれたから、よく分からないけどね!】


 確かにそうだ。

 俺がもしコモから「人間の進化ってすごいよね。何億年も地球に居るのに、あるときから急に文明が進んだんだから」なんて言われても、間違いなくコモと同じ事を返す自信がある。


 飯を食い、皿を水につけて片付けながら、制服に着替える。

 あぁ、眠い。

 また学校で寝ちまいそうだ。鶴舞先生に怒られないようにしなければ。


 俺は学生鞄を持ち、アパートの玄関のドアを開けて空を見上げる。

 おっ、今日は雲一つなく晴れてるな。

 

「おぉ、零人。良い朝だな」


 このボロいアパートの中庭に置かれた共用のベンチ。そこにどっかりと腰を下ろし、朝っぱらからビール缶を片手にタバコをふかしている女性がいた。

 このアパートの管理人、『冴島 薫(さえじま かおる)』さんだ。

 烏の濡れ羽色のような艶のある黒髪を無造作に伸ばし、タンクトップに短パンというラフすぎる姿で、グビグビと酒を煽っている。

 ったく、巨乳のくせに、そんな無防備なタンクトップなんか着るなよな。目のやり場に困る。

 毎回思うけど、朝っぱらから何してんだろこの人。

 見慣れた住人は気にしていないが、たまに通りがかる配達員などが薫さんを見ると、ぎょっとして二度見していくのが日常茶飯事だ。

 

「おはようございます、薫さん。なんで朝っぱらから飲んでるんですか」

「んだよ、私の勝手だろ。……それより零人、朝のニュースみたか? AIWEが生きた人間を、データに移植できるようになったとかいう胸糞悪いニュース」


 胸糞悪い?

 すごい技術だとは思うけど、そんなに忌避する程だろうか。


「見ましたよ。なんかすごい技術ですよね~」

「……技術の進歩ってのが、果たして人間にとって良い事なのか悪い事なのか……よく分かんねぇよな~」


 薫さんは、ひどく冷たい、遠い目をしながら空を見上げ、煙を細く吐き出した。

 こんなだらしない薫さんだが、たまに氷のように鋭い、底知れない瞳をするときがあるんだよな。

 何か過去にあったのだろうか。


「そういえば零人も、例の『ソウルリンカー』始めたんだって? ……あんまりダイブしすぎるなよ。脳が疲れて、頭痛がしたりしてねぇだろうな?」

「大丈夫ですよ、ちょっと寝不足なだけです。どうってことないですよ。それより、ネーデの世界って凄いですね! まるでAIが本当に『生きている』かのようで、驚きの毎日です」


 俺が『AIが生きているかのよう』と言った瞬間、薫さんの纏う空気がピリッと変わり、一瞬だけ獣のような鋭い目をした気がした。

 あれ、ひょっとして薫さん、AIがあまり好きではないタイプか?


「……そうか。やっぱりあのAI、すごいよな! 私もプレイしたときは、その精密さに驚いたよ」


 どうやら、俺の言葉に深く共感したから鋭い目をしたらしい。

 ……って、薫さんもソウルリンカーやってるのかよ!

 ゲームなんて全然やりそうにないイメージだから、予想もしていなかった。

 薫さんのバディ……一体どんなAIなんだろう。すごく気になるな。


「薫さんもやってるんですね。バディってどんな子なんですか?」

「ん? 言っても良いが……お前、このままのんびりして学校に行かなくてもいいのか? このままだと遅刻するぞ?」

 

 やべっ。

 薫さんと立ち話をしていたら、いつの間にかこんな時間じゃねぇか! ちょっと急がないとマジで遅刻する!


「あ~! また今度ゆっくり聞きます! いっ、いってきます!!」

「おう。転ばないように気をつけろよ~」

 

 だらしのない姿でベンチに座ってビールを煽る薫さんを背に、俺は慌てて学校へ向かって走り出した。

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