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断界のネーデ  作者: 萱 景一
第1章

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19/33

不審

 それからというもの、俺達はコモの指示通りにベットを続け、見事な連勝続きで完全に有頂天になっていた。


 おっちゃんが換金した札束を握りしめ、高笑いしている。

 あれ、おっちゃんって最初から眉毛繋がってたっけ……? まあいいか。

 それにしても、これはヤバい。

 手持ち3万リンだったのが、ものの数十分でいつの間にか『2000万リン程』にまで膨れ上がっていた。

 しばらく金には困らないどころか、これでルミナスの維持費も払えるんじゃないか!?


「お客様……」

 俺たちがガハハと笑っていると、後ろから肩をトントンと叩かれた。

 何だね、我らは今や金持ちだぞ。


「今回お勝ちになられた分は差し上げますので……どうか、お引き取り願います」

「あぁん? 俺たちはなんも悪いことしてねぇぞぉ?」


 おっちゃんが、声をかけてきたスーツ姿の男性(黒服)に食ってかかっている。

 そうだそうだ! もっとやれ! お客様だぞ!


「……お引き取りいただけないのであれば、こちらにも考えがございますが」


 黒服の目が、スッと細まった。

 まずいぞおっちゃん。黒服の後ろから、ガタイの良い警備員達がゾロゾロと無言で湧いてきやがった。

 おっちゃんもその圧倒的な暴力の気配に気圧され、一歩後ずさっている。


「おっ、おう……。まぁ、十分に稼がせてもらったし、今日の所は帰ってやらぁ。兄貴もそれでいいよな?」


 俺に振るな。

 おっちゃんの親玉と思われたのか、黒服や警備員達の凍りつくような視線が俺に一点集中している。

 何でこうなったのか全くわかんないけど、裏社会の人間と変にもめたくもないし、ここは話を合わせておこう。


「ま、まぁ、いいんじゃないか……」

「……ご理解いただきありがとうございます。お出口までご案内いたします」


 俺たちはおっちゃんと共に、警備員にガッチリと囲まれながら出口へ誘導される。

 なんか端から見たら『イカサマがバレて連行される悪党』に見えそうで、すごく気分が悪いな。

 ていうか、このおっちゃん誰だよ。


「では、ここまでで。それと1つお伝えさせていただきます。お二方は今後、当店への出入りを『禁止』とさせていただきますのでご了承ください」

「なんでだよ! 不正なんてしてねぇぞ! なぁ兄貴!」


 なんかことあるごとに俺へ振ってくるな。

 コモの指示だからわかんないけど、不正なんてしてないよな?

 俺が疑いの目でコモをチラリと見下ろすと、コモは明後日の方向を向いて器用に口笛を吹いていた。

 ――ジリッ。

 その瞬間、一瞬だけコモの輪郭にノイズが走り、バグったようにブレたのが見えた。


 こいつ、やりやがったな!

 どうやったのかは分からないが、恐らくシステムそのものに干渉するような超絶ヤバい不正をしている。

 そう考えると、だんだんカジノ側に申し訳ない気持ちになってきた……。


「エ、エエ、ソウデスネ」

「ほらな!? 兄貴だってこう言ってるんだからよ!」

「オッチャン。ココハ、イウコトヲキコウ」

「そうか?……まぁ、命拾いしたな! 兄ちゃん!」


 おっちゃん、もうやめてくれぇ……。

 ていうか、アーサーたちはまだ遊んでるのかな。俺は早々にブラックリスト入りして追い出されちゃったけど、これから昼過ぎまでどうしよう。


「兄貴~。これからどうする? もしヒマなら、俺の仲間を紹介したいんだけど」

「俺も自分の仲間と来てるから……ちょっとコーヒーでも飲んで時間潰すよ」

「コーヒーなら、とびっきり良いとこ知ってんだ!ついてこいよ」


 なんか変な流れに巻き込まれちまったな。

 ていうか、このおっちゃん一人じゃなかったのか。

 見ず知らずのオッサン連中に紹介されたところで、仲間になるつもりは毛頭ないんだけど。


 俺は未だ名前も知らないおっちゃんに引っ張られ、カジノ裏の路地へと案内される。

 だんだん光の届かない怪しい雰囲気の裏路地に進んでいき、本当にこんな所に店があるのか疑問に思ってきた。

 しばらく進むと、おっちゃんは古びた宿屋のような建物の前で立ち止まり、周囲を警戒しながら扉をノックした。


 これは……まずいかもな。

 俺とコモは顔を見合わせ、いつでも逃げ出せるように目線で合図を確認する。


「兄貴、ここだぜ。俺たちがアジトにしてる宿だ。うちの仲間が淹れるコーヒーが絶品でなぁ……」

「あー、やっぱり俺たちちょっと急用が……」

「良いって! 少し話すだけだから!」


 俺はおっちゃんに無理やり腕を掴まれ、そのまま薄暗い中へ引きずり込まれた。

 中には3人の影が座っており、受付の前にあるテーブルを囲んでいた。


「おーっす! 見込みがありそうなビジター、連れてきたぞ~! おい、コーヒー淹れてやってくれ!」

「ほぉ……プレイヤーか……」


 ヤバいな……。空気で分かる。おっちゃん以外の三人、全員『プレイヤー』だ。

 おっちゃんの言葉に反応した男は、自分の肩に『白骨化した人間の上半身のような人形』を乗せ、それを撫でながらコーヒーを飲んでいた。

 髪は真っ白。右頬にはえぐれたような大きな傷跡がある。

 一番偉そうに中央に座っており、どう見てもこいつがリーダー格だろう。

 彼が喋るたびに、肩の白骨バディがカタカタと不気味に歯を鳴らす。

 その隣には、青髪の子供が鼻提灯を膨らませながらスヤスヤと眠っている。

 あ~、紗奈さんが見たら絶対ちょっかいかけるやつだ。


「まぁ、そこに座れよ」


 右頬に傷がある男が、正面にある空いた椅子をアゴでしゃくった。

 まさかこいつら、緋音さんが言っていた『街に向かっている他プレイヤー』ではないだろうな。

 とりあえず、隙を窺うために少しだけ話を聞いてみるか。


「えーっと、皆さん……どのようなお集まりで?」

「まぁいいじゃねぇか。まずはコーヒーでも飲めよ」

「はぁい。お兄さん、熱いから気をつけてねぇ~ん」


 黒と黄色のメッシュの髪をした、ボッキュンボンのナイスバディなお姉さんからコーヒーのカップを受け取る。

 ぐぬぬ。

 こんなに警戒すべき状況なのに、男の悲しい性で目線がお姉さんの豊満な胸元へと向かってしまう。

 すると、お姉さんの足下から「ブーン」とモーター音のような音を響かせた、小さくスタイリッシュな球体関節のゴーレムが現れ、コモにも飲み物を渡していた。

 おそらく、あれがお姉さんのバディだろう。

 まさしくナイス『バディ』だ。

 って、アホなこと考えてる場合か!


「で、ジン。こいつの何が見込みありそうなんだ?」

「いやね、さっきまでカジノに居たんですが、この人、肩のバディからルーレットの当たる場所を耳打ちされて、見事すべて的中! 荒稼ぎしてたんですよ」


 最悪だ。コモから耳打ちされていたのが完全にバレていた。

 コモも見えないようにこっそりとやっていたはずなのに。

 兄貴兄貴とヘラヘラ言っておきながら、こいつ、見るべきところはしっかりと見ていたのか……。

 

「お前、そのバディの能力は?」


 傷の男が、俺を射抜くような鋭い視線を向けてくる。肩の白骨がカタカタと嗤う。


「……この世界に来たばかりなので、自分でもよくわからないです」

「まぁ、素直には言わねえよな。未来視系だったら、喉から手が出るほど欲しい能力だ。……じゃあ、この街へは何しに来たよ」


 間違いなく疑われている。

 じわじわと蛇に睨まれた蛙のように、尋問されていっている感覚だ。

 本当に失敗した。

 アーサーに不審な人物には気をつけろと言われていたのに、カジノの空気に当てられて、オッサンにホイホイついて来てしまった。


「ただの観光ですよ。ちょっとカジノとかやりたくて」

「……嘘だな」


 男の声が一段低くなり、部屋の空気が一気に冷たくなった。

「カジノで有名な大都市は他にも腐るほどある。わざわざこんな辺境の田舎街に、お前のようなプレイヤーが来る理由は一つしかない」


 くそ、完全にバレバレじゃねぇか。

 マジでどうしようこの状況。いざ逃げようにも、相手の実力が分からなければリスキーすぎる。


「……」


 ん? コモが俺のズボンの裾をツンツンと引っ張ってきた。

【声に出さないでね。今からこいつらに『幻覚』みせるから、その隙に逃げよう】

 うぉ!? 頭の中に直接コモの声が響いてくる。

 Soul Linkしてなくても、そんなことできるのか。


――【狐幻(こげん)】――


 コモが脳内で術式を唱えた直後。

 コモの尻尾から紫色の霧がフワッと広がり、俺を包み込んだ。

 気がつくと、俺は先ほどまで座っていた椅子の『後ろ』に突っ立っており、目の前の椅子には、先程と全く同じポーズで座っている『俺とコモの背中』があった。


 なんだこれ、分身か!?

 男達は座ったままの『俺の幻覚』を睨みつけていて、後ろに立っている本物の俺たちには全く気づいていない。

 これ、完全に透明化してんのか?

 俺はそのままコモに手を引かれ、足音を殺して扉を開けて外へ出る。

 いや、扉を開けちゃったら流石にバレるだろ……。



 

「ん?」


 男は、ひとりでに開いた背後の扉を見る。

 そこには誰もおらず、ただ外の薄暗い路地裏の景色が広がるだけだった。

 男は少し不審に思ったようだが、すぐに視線を『座ったままの零人』へ戻した。


「で、本当の所、この街に何しに来たんだ」

「……」

「……おい」

「…………」


 男は何もしゃべらない零人へ苛立ったような鋭い目つきを向け、腰に携帯していたナイフを抜き放ち、一閃させた。

 斬撃が直撃した瞬間。

 零人の姿を象っていた『紫色の霧』が、フッと空間に溶けるように消え去った。


 男はチッ、と舌打ちをし、隣で眠っていた青髪の男の子を乱暴に揺り起こす。


「ヨル。奴を追え」


 男の子は眠い目を擦りながら起き上がると、ずっと強く握りしめていた右の手のひらを、ゆっくりと開いた。

 その手の中には、ギョロリと動く『生々しい目玉』が存在していた。

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