ギャンブル
俺たちは結局、街で警備兵の詰め所を見つけられず、気付けば約束の昼過ぎになっていた。
待ち合わせ場所の噴水広場へ向かうと、すでにアーサーと紗奈さんが噴水の前で待っていた。
紗奈さんの横では、シーが噴水の縁で仰向けになり、無防備にへそを天へ向けて爆睡している。
ホントに怠惰な猫だな。
「お疲れ様。どうだい、この街は。楽しかったかい?」
アーサーは腕を組みながら穏やかに空を眺めていたが……その周囲を通り過ぎる女性達が、絵画のように美しい横顔を少しでも拝もうと、チラチラと熱い視線を送っていた。
というより、アーサーの周辺だけ、明らかに女性の人口密度が高い。
当のアーサーはそんな視線にまるで気づく様子もなく、俺たちを見つけると爽やかな笑顔で迎えてきた。
あぁ、その無自覚な笑顔がまぶしいぜ。
「いろいろあったけど、活気があって楽しかった」
「アーサー聞いてくれよ。こいつ、この街に来て早々、かわいい女の子とぶつかってフラグ立てるイベント起こしてたんだぜ?」
「うるせぇよ。……やっぱりこれ、あの人の落とし物なのかな」
俺は手に握っていた、古びた木製の筆を見下ろす。
あまり絵には詳しくないが、持ち手が黒ずむほど使い込まれており、持ち主にとってかけがえのない大切な物であることだけは、伝わってくる。
「結構ちゃんと手入れされているね。僕も絵を描いたりするから分かるけど、すごくいい筆だよ、これ」
アーサーって、絵も描くのか。
絵を描くより、肖像画として描かれる方が絶対に向いてると思うけど。
そんなことを思っていると、アーサーの背後から紗奈さんがひょっこり顔を出して、筆を覗き込んだ。
「ふーん、ツルギちゃん絵描くんだ。私には筆の良し悪しなんてわかんないや。で? 依頼人には会えたの?」
「残念ながら会えなかったよ。お城の人の話だと、依頼人本人が戻るのは明日になるそうだから、明日改めて、みんなでお城へ話を伺いに行こう」
「依頼人って、どんな人なんだ?」
「この街の領主様だよ。街の住人からはかなり親しまれているようで、すこぶる評判がいいね」
たしかに、露店を回っている時にも、領主を褒める声が聞こえてきた。
なにやら、悪質なビジターの排除と街の活性化を掲げて活動しているそうだ。
さっきも通りすがりに舌打ちされたし、俺たちプレイヤーには少し肩身の狭い場所なのかもしれない。
「でも、よくその領主は俺たち『空亡』に依頼したよな。メンバーの半分くらいはビジターだろ?」
「すべてのビジターを排斥するつもりはないみたいだよ。あくまで対象は『悪質な者』だけだ。……でも、街の住人の中には『ビジターはすべて悪』と、極端な考えを持つ人もいるようだけどね」
「あ〜、たしかに。さっき俺たち、思い切り舌打ちされたしな」
住民達からすれば、善良であろうが悪人であろうが、ビジターは得体の知れないよそ者でしかないのだろう。
「そういえば、この街に『断章』はありそうなのか?」
「うん。実はさっきから章探機が変なんだよね。間違いなく近くにあるはずなんだけど……」
アーサーが懐から、あの羅針盤のような道具を取り出した。
俺が覗き込むと、アーサーの言う通り、中心の針が方角を無視して『ぐるぐる』と、狂ったように高速回転していた。
「……おかしいな。普通は断章のある方角を、ピタリと指すはずなのに。針が迷っている。断章の放つ力が強大すぎるのか、それとも……対象が、この街の中を動き回っているのか」
アーサーが険しい顔で呟く。
「ってことは、緋音さんが警戒していた他プレイヤーも、この異常な反応を嗅ぎつけて、街に潜伏してる可能性が高いな」
「みんな、不審な人物がいないか十分に注意するようにね。警戒するに越したことはない」
「あいよ! で、これからどうする? 明日までポッカリ時間ができちまったけど」
俺はもう少し、色んなところを見て回りたかった。この筆の持ち主も探したいし……。
「じゃあさ。この街で有名な『アレ』……やっちゃわない?」
不意に、紗奈さんが怪しい顔つきでニヤリと笑った。
なんか、嫌な予感しかしないんだが。
隣を見ると、凪の顔がサァッと青ざめて引きつっていた。
「有名なアレって……もしかして、カジノのことかい?」
「あったり〜! 私たち万年金欠だし、ここで一発デカく当てて、ペラペラの財布を暖めようよ!」
「姉ちゃん! さすがにそれは……! この前スッカラカンになって、俺の小遣いまで毟り取ったばっかだろ!」
「うるさい! この街はギャンブルが名物なんだから、観光ついでに行くのも立派な任務でしょ!? だいたい、ルミナスの維持費でギルドに天引きされて、私達ずっと薄給なんだからさ!」
ルミナスって、維持するのそんなに大変なんだな……。
あんな馬鹿でかい戦艦を飛ばすために、隊長クラスでもカツカツの生活を送っているのか。
俺はまだ入団したばかりの初心者だから、緋音さんから徴収されたことはないが、明日は我が身かもしれない。
そんな紗奈さんの熱弁に、アーサーは腕を組んでしばらく悩んでいたが……やがて、ふっと息を吐いた。
「……まぁ、たまには息抜きもいいか。各自、絶対に使い過ぎないように気をつけてね。二人も、それでいいかい?」
「うぅ……姉ちゃんに財布握られてるから、行くしかないしな……」
「俺は、この筆の持ち主を探したいんだけど……」
「大丈夫だって! この街はそんなに大きくないんだから、いずれ絶対会えるって! ほら、行くよ!!」
紗奈さんは両目をギラギラとしたドルマークにしながら、俺の背中をグイグイと押してくる。
確かに大きな街ではないし、歩き回っていれば、いずれ会えそうな気もするが……。
俺は、手の中の筆を見つめ直した。
……まぁ、いっか。人が集まるカジノなら、何か情報が掴めるかもしれないし。
俺は、この大切な筆が折れたり汚れたりしないよう、空亡のコートの深い内ポケットへと、そっと丁寧にしまい込んだ。
「いこう! 一攫千金の夢の大海原へ!!」
紗奈さんはスキップをしながら、大通りを先陣切って進んでいく。
寝ていたシーも渋々起き上がり、欠伸をしながら、紗奈さんの後ろをトボトボとついて行った。
筆の持ち主のことは頭の片隅に置きつつ、俺は人生初の『ギャンブル』という未知の領域に、少しだけ胸を躍らせていた。




