露店
門を抜けた先には、洋風の石造りの家が建ち並んでいた。
一階より二階の方が道へせり出している、ファンタジー映画でしか見ないような不思議な建築様式ばかりだ。
大通りの中心には巨大な噴水があり、大勢の人で賑わっている。
辺りには様々な露店が軒を連ね、活気に満ちていた。
「僕はこれから依頼主のところへ行って話を聞いてくるけど、みんなはどうする?」
「私は歩き疲れたし、先にお風呂に入ってくるかな〜」
紗奈さんはアーサーの問いに、肩をぐるぐる回しながら答える。
「零人はどうする? 露店でも見て回るか?」
「ん〜、見て回るかな。一銭も金持ってないけど」
「そんなの貸してやるって! ……後で倍にして返せよ?」
俺は凪から、ジャラッと音の鳴る小袋を受け取った。
ネーデの通貨の価値基準は、どうやら日本の円とほぼ同じ感覚らしい。
なんともわかりやすくて、ありがたいことだ。
「じゃあ、昼過ぎにここの噴水前で集合ということで」
アーサーはそう言うと俺たちに手を振り、大通りの奥へと歩いて行った。
風呂に行きたいと言っていた紗奈さんも、「またね〜」と手を振りつつ別の方向へ消えていく。
残された俺たちは二人を見送り、改めて賑わう市場を見渡した。
「よし! ちょっとそこらの露店、覗いてみるか」
「ワシの美しい鱗を磨く専用ブラシとか、売ってないかのぉ」
「さすがにドラゴンの鱗を磨けるブラシなんて、そこら辺の露店じゃ売ってないだろ」
「狐の毛を解くブラシなら、あるかもね!」
馬鹿な話をしながら、俺たちは一際賑わっている露店を覗き込む。
そこには、みずみずしい果物が山のように並べられていた。小腹が空いていたので何か買おうかと悩んでいると、店主から威勢のいい声がかかる。
「おにいちゃん達、見ない顔だね! この街・カテナの名物、リンゴがおすすめだよ!」
恰幅のいい元気なおばさんが、山積みのリンゴを指さして微笑んでいる。
にしても、うまそうだな、このリンゴ。
太陽の光を反射して、赤く怪しく光り輝いている。
……いや、反射じゃない。光ってる! 絶対これ、リンゴ自体が内側から発光してるぞ!
「おばちゃん……これめっちゃ光ってるけど、こういうもんなの?」
「そう! 光るこのリンゴこそ、カテナ名物さね。普通のリンゴより香りが強くて、少しスパイシーで美味いんだよ!」
「えぇ〜! 見せて見せて!」
コモが俺の足元でピョンピョン跳ねていたので、抱き上げて見せてやる。
コモは「おぉぉ〜」と感嘆した声を出しながらリンゴを手に取り、あろうことか、そのままガリッと囓った。
おい! まだ金払ってないぞ、それ!
「あぁっ! ごめんおばちゃん、これいくら!?」
「いいよいいよ、美味しそうに食べてくれて嬉しいね。一個一五〇リンだよ。それにしても、あんた達『ビジター』だったんだね。道理で見ない顔なわけだ」
俺は慌てて三〇〇リンを支払い、ついでに自分の分も買った。
リンゴを囓ってみると、芳醇な甘味の中に、ピリッと舌を刺すスパイシーな痺れがある。
なんか癖になるな、この味。
「この街に、ビジターはあんまりいないんですか?」
「最近、何人かは見かけたけど、滅多にいないね〜。わざわざこんな田舎に来るビジターなんて、珍しいよ」
田舎……なのだろうか。
街の規模は確かに大都市ほどではないが、人が一点に集中しているせいか、寂れた雰囲気はあまり感じない。
凪もおばさんからリンゴを買っており、「これうめぇ!」と目を輝かせながら舌鼓を打っていた。
「っち……またビジターかよ。目障りなんだよ……」
「ん?」
すれ違った男の通行人が、俺たちの着ている空亡のコートを忌々しげに睨みつけ、露骨に舌打ちをして距離を取っていった。
これが、アーサーの言っていた『プレイヤーをよく思っていない住人』か。
悪意を直接ぶつけられたのは初めてで、あまり気分のいいものではないな……。
「あ〜……ごめんねぇ。ビジターを毛嫌いしてる人も一定数いるから、あんまり気にしないでおくれよ。全員が全員、街を荒らす悪い人じゃないって、まだ分からない人も多いからね」
「大丈夫ですよ。気にしてませんから。それより、おいしいリンゴありがとうございます!」
「あぁ!また寄っておくれよ〜!」
実に気のいいおばちゃんだった。帰りに、また寄ろうかな。
俺たちはおばちゃんの露店を離れ、さらに何か面白そうな物がないか、路地を歩き出す。
――ドンガラガシャン!!
突如、路地裏の方から、木箱を派手に薙ぎ倒すような音が響いた。
俺がついそちらへ目を向けると、フードを深くかぶった小柄な人物が、こちらへ向かって猛ダッシュで走ってくる。
両手にはパンや果物を大量に抱え、どうやら誰かに追われているようだった。
「まてえええ!! いっつも盗んでいきやがってぇ!!」
「うわぁぁぁん、ごめんなさい〜!! 後で、こっそりお金は返すからあああ!!」
こっそりなんかい。
どうやら食べ物を盗んだらしい少女を、怒り狂った店主らしき男が追いかけているようだ。
涙声で叫ぶ泥棒の少女は、後ろの店主を気にしながら、猛スピードでこちらへ走ってくる。
って、待て待て。
この逃走ルート、どう見ても俺たちにぶつかるだろ!?
ドンッ!!
「ってて……あぁ! ごめんなさい!!」
「っつつ……」
避けきれず、泥棒の少女が俺の胸に激突した。
両手に抱えていた食べ物が、派手に石畳の上へぶちまけられる。
――ッ!?
激突した、その瞬間。
俺の鼻腔を、フワリと甘い香りが突き抜けた。
昨日、現実世界で雨の中を帰っていた時にすれ違った、あの『金木犀』の香り。
それが、目の前のフードの少女から、確かに漂っている。
「っ、お前――」
俺が目を見開いて声をかけるより早く、少女は「ごめんなさいごめんなさい!」と半泣きで謝りながら、散らばった食べ物をかき集める。そして追ってくる店主を見るなり、脱兎のごとく大通りへと走り去っていった。
「なんだ零人。食パンをくわえた少女とぶつかったからって、恋は始まらないぞ?」
「うるせぇ。……何だったんだ、一体」
昨日すれ違った女と、同じ香水……? いや、偶然か?
通行人たちは一瞬足を止めて今の騒動を見ていたが、「またあいつか」と呆れたように呟き、すぐに興味をなくして歩いて行く。
追いかけていた店主の言葉通り、盗みの常習犯なのだろう。
しかし、なんというか――根っからの悪党には、見えなかった。
泣きながら謝っていたし、盗まないと生きていけない理由でもあるのだろうか。
「ププッ、零人、尻餅ついて呆けてる〜」
コモがニヤニヤと煽ってきたので、俺はそいつをひっつかみ、両拳で頭をグリグリと挟み込んでやった。
「うわぁぁぁ! ごめんなさい!」
コモがジタバタと暴れ出す。自業自得だ。
俺は立ち上がり、尻についた砂埃をパンパンと払う。
「ん?」
ふと視線を落とすと、俺の足元に何かが転がっていた。
木製の、古びた『筆』だ。
持ち手は何度も握り込まれたのか、黒ずんで艶が出ており、穂先には様々な色の絵の具が、微かにこびりついている。
誰かが大切に使い込んできた道具だと、一目でわかった。
さっきぶつかった、あの泥棒の少女が落としていったのか?
このままだと誰かに踏まれて折れそうだし、持っておくか。
この街に、落とし物を届ける交番みたいな所とか、あるのかな?
「なぁ凪。この街で落とし物を届ける場所って、どこか知ってるか?」
「ん〜、さっき門にいた警備兵の詰め所とかじゃね? わかんないけど」
「じゃあ、そこらへん観光しながら、警備兵でも探すか」
とても大切にされていたであろうこの筆を、道端に放置しておくのは、どうにも忍びなかった。
こうして俺たちは、筆の持ち主を探しがてら、カテナの街一帯を観光することになった。




