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断界のネーデ  作者: 萱 景一
第1章

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露店

 門を抜けた先には、洋風の石造りの家が建ち並んでいた。

 一階より二階のほうが道へせり出している、ファンタジー映画でしか見ないような不思議な建築様式ばかりだ。

 大通りの中心には巨大な噴水があり、大勢の人たちで賑わっている。

 辺りにはいろいろな露店が軒を連ね、活気に満ちていた。


「僕はこれから依頼主のところへ行って話を聞いてくるけど、みんなはどうする?」

「私は歩き疲れたし、先にお風呂に入ってくるかな~」


 紗奈さんはアーサーの問いに、肩をぐるぐると回しながら答える。


「零人はどうする? 露店でも見て回るか?」

「ん~見て回るかな。一銭も金持ってないけど」

「そんなの貸してやるって! ……後で倍にして返せよ?」


 俺は凪から、ジャラッと音の鳴る小袋を受け取った。

 ネーデの通貨の価値基準は、どうやら日本の円とほぼ同じ感覚らしい。

 なんともわかりやすくてありがたいことだ。


「じゃあ、昼過ぎにここの噴水前で集合ということで」


 アーサーはそう言うと俺たちに手を振り、大通りの奥へと歩いて行った。

 風呂に行きたいと言っていた紗奈さんも、「またね~」と手を振りつつ別の方向へ消えていく。

 残された俺たちは二人を見送り、改めて賑わう市場を見渡した。。


「よし! ちょっとそこらの露店、覗いてみるか」

「ワシの美しい鱗を磨く専用ブラシとか、売ってないかのぉ」

「さすがにドラゴンの鱗を磨けるブラシなんて、そこら辺の露店じゃ売ってないだろ」

「狐の毛を解くブラシならあるかもね!」


 馬鹿な話をしながら、俺たちは一際賑わっている露店を覗き込む。

 そこには、みずみずしい果物が山のように並べられていた。小腹が空いていたため、何か買おうかと悩んでいると、露店の店主から威勢のいい声がかかる。


「おにいちゃん達、見ない顔だね! この街・カテナの名物、リンゴがおすすめだよ!」


 恰幅のいい元気なおばさんが、山積みのリンゴを指さして微笑んでいる。

 にしてもうまそうだな、このリンゴ。

 太陽の光を反射して、怪しく赤く光り輝いてる。

 いや……反射じゃない。光ってる! 絶対これ、リンゴ自体が内側から発光してるぞ!


「おばちゃん……これめっちゃ光ってるけど、こういうもんなの?」

「そう! 光るこのリンゴこそカテナ名物さね。普通のリンゴより香りが強くて、少しスパイシーで美味いんだよ!」

「えぇ~! 見せて見せて!」


 コモが俺の足元でピョンピョン跳ねていたので、抱き上げて見せてやる。

 コモは「おぉぉ~」と感嘆した声を出しながらリンゴを手に取り、あろうことかそのままガリッと囓った。

 おい! まだ金払ってないぞそれ!


「あぁっ! ごめんおばちゃん、これいくら!?」

「いいよいいよ、美味しそうに食べてくれて嬉しいね。1個150リンだよ。それにしても、あんた達『ビジター』だったんだね。道理で見ない顔な訳だ」


 俺は慌てて300リンを支払い、ついでに自分の分も買った。

 リンゴを囓ってみると、芳醇な甘味の中にピリッと舌を刺すスパイシーな痺れがある。なんか癖になるな、この味。


「この街にビジターはあんまりいないんですか?」

「最近、何人かは見かけたけど、滅多にいないね~。わざわざこんな田舎に来るビジターなんて珍しいよ」


 田舎……なのだろうか。

 街の規模は確かに大都市ほどではないが、人が一点に集中しているせいか、あまり田舎という寂れた雰囲気はない。

 凪もおばさんからリンゴを買っており、「これうめぇ!」と目を輝かせながら舌鼓をうっていた。

 

「っち……またビジターかよ。目障りなんだよ……」

「ん?」


 すれ違った男の通行人が、俺たちの着ている空亡のコートを忌々しげに睨みつけ、露骨に舌打ちをして距離を取っていった。

 これがアーサーの言っていた、『プレイヤーをよく思っていない住人』か。

 悪意を直接ぶつけられたのは初めてで、あんまり気分のいいものではないな……。


「あ~……ごめんねぇ。ビジターを毛嫌いしてる人も一定数いるから、あんまり気にしないでおくれよ。全員が全員、街を荒らす悪い人じゃないって、まだ分からない人も多いからね」

「大丈夫ですよ。気にしてませんから。それより、おいしいリンゴありがとうございます!」

「あぁ! 任務が終わったら、また寄っておくれよ~!」


 実に気のいいおばちゃんだった。帰りにまた寄ろうかな。

 俺たちはおばちゃんの露店を離れ、さらに何か面白そうな物がないか路地を歩き出す。


――ドンガラガシャン!!


 突如、路地裏の方から木箱を派手に薙ぎ倒すような大きな音が聞こえた。

 俺がついそちらへ目を向けると、フードを深くかぶった小柄な人物が、こちらへ向かって猛ダッシュで走ってきた。

 両手にはパンや果物などの食べ物を大量に抱え、どうやら誰かに追われているようだった。


「まてえええ!! いっつも盗んでいきやがってぇ!!」

「うわぁぁぁん、ごめんなさい~!! 後で、こっそりお金は返すからあああ!!」


 こっそりなんかい。

 どうやら食べ物を盗んだらしい少女を、怒り狂った店主らしき男が追いかけているようだ。

 涙声で叫ぶ泥棒の少女は、後ろの店主を気にしながら猛スピードでこちらへ走ってくる。

 って待て待て。この逃走ルート、どう見ても俺たちにぶつかるだろ!?


 ドンッ!!


「ってて……あぁ! ごめんなさい!!」

「っつつ……」

 

 避けきれず、泥棒の少女が俺の胸に激突した。

 両手に抱えていた食べ物が、派手に石畳の上にぶちまけられる。


(――ッ!?)


 激突した瞬間。

 俺の鼻腔を、フワリと甘い香りが突き抜けた。

 昨日、現実世界で雨の中を帰っていた時にすれ違った、あの『金木犀(きんもくせい)』の香り。それが、目の前のフードの少女から漂っている。


「っ、お前――」


 俺が目を見開いて声をかけるより早く、少女は「ごめんなさいごめんなさい!」と半泣きで謝りながら散らばった食べ物をかき集め、追ってくる店主を見て脱兎のごとく大通りへと走り去っていった。


「なんだ零人。食パンをくわえた少女とぶつかったからって、恋は始まらないぞ?」

「うるせぇ。……何だったんだ、一体」


 昨日すれ違った女と、同じ香水……? いや、偶然か?

 通行人たちは一瞬足をとめていまの騒動を見ていたが、「またあいつか」と呆れたように呟き、すぐに興味をなくして歩いて行く。

 追いかけていた店主の言葉通り、盗みの常習犯なのだろう。

 しかし、なんか根っからの悪党には見えなかった。

 泣きながら謝ってたし、何かっぴきならない理由でもあるのだろうか。

 

 「ププッ、零人、尻餅ついて呆けてる~」


 コモがニヤニヤと煽ってきたので、俺はそいつをひっつかみ、両拳で頭をグリグリと挟み込んでやった。


「うわぁぁぁ! ごめんなさい!」


 コモがジタバタと暴れ出す。自業自得だ。

 俺は立ち上がり、尻についた砂埃をパンパンと払う。


「ん?」

 

 ふと視線を落とすと、俺の足元に何かが転がっていた。

 木製の、古びた『筆』だ。

 持ち手の部分は何度も握り込まれたのか、黒ずんで艶が出ており、穂先には様々な色の絵の具が微かにこびりついている。

 誰かが大切に使い込んできた道具だと、一目でわかった。


 さっきぶつかったあの泥棒の少女が、落としていったのか?

 さすがにこのままだと誰かに踏まれて折れそうだし、持っておくか。

 この街に、落とし物を届ける交番みたいな所とかあるのかな?


「なぁ凪。この街で落とし物届ける場所って、どこか知ってるか?」

「ん~、さっき門にいた警備兵の詰め所とかじゃね? わかんないけど」

「じゃあ、そこらへん観光しながら、警備兵でも探すか」


 とても大切にされていたであろうこの筆を、道端に放置しておくのはどうにも忍びなかった。

 

 こうして俺たちは、筆の持ち主を探しがてら、カテナの街一帯を観光することになった。

 

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