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断界のネーデ  作者: 萱 景一
第1章

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14/39

プレイヤー

 注文した物が届き、俺の目の前には異常な光景が広がっていた。


 凪の目の前には、人間の頭よりデカい巨大なパフェがそびえ立っている。カラースプレーが雑に散りばめられ、いちごソースとはちみつが致死量ほどかけられていた。

 緋音さんの前には、消火用のバケツかと思うほどの巨大なプリンが鎮座している。

 だが、問題は俺のコーヒーだ。

 漆黒の液体の中に真っ赤な唐辛子が丸ごと1本浮いており、あろうことかコーヒー自体がマグマのようにグツグツと沸騰して、目を刺すような危険な香りを漂わせているのだ。


「これ……人間が飲んでいい物なのか?」

「『漢』の零人には問題無いだろう」

「漢の中の漢だしな!」


 緋音さんと凪がニヤリと俺を見て笑う。

 バカな……飲むわけが無い。世の男子高校生なら、緋音さんのような美人に煽られれば、いいところを見せようと意地になって口にするだろうが、俺は違う。

 タマ無しとバカにされようが、俺は命を優先して徹底的に冷ますことにした。

 

「ところで緋音さん。任務の話ってなんですか?」

「あぁ。今回、少し厄介な噂を小耳に挟んでな」


緋音さんは見た目に似合わず、大きなスプーンでモリモリとバケツプリンをすくい食べている。


「厄介な事?」

「あぁ。今回お前たちに行ってもらう街へ、『他のプレイヤー』が向かっているらしい。どんな奴かは分からないが、警戒しておいて損はない」

「今回、緋音さんは来るんですか?」

「私は別口で調べる事があって、今回は行けそうにない。編成はアーサー、紗奈、凪、零人の四人だ」


 緋音さんは来られないのか。やはり団長ともなるとやる事がいっぱいあるのだろう。

 プリンを幸せそうに食べている姿からは想像もできないが。


「他プレイヤーって、そんなに警戒しなきゃいけないんですか? 協力してくれるかもしれないじゃないですか」

「そういう奴もいるだろうが……あの世界はゲームだ。現実の倫理観を捨てて、タガを外す奴も多い。普通のプレイヤーなら魔獣の森など避ける。そこをわざわざ進んでいるということは、確実に『力』を求めている狂犬か、プロのPK集団だと思った方がいい」


 入団の時にアーサーも言っていたが、やはり危険な人間が多いのだろう。

 俺もここ一週間、ネーデの街に出た時、住民から多々白い目で見られることがあった。

 過去に自分か近しい人が、タガの外れたプレイヤーから迷惑を受けたのだろう。

 ゲームだから気にしすぎだと言われればそれまでだが、俺には到底割り切れる気がしなかった。


「それより、いい加減飲んだらどうだ」

「いや、さすがにまだ沸騰してますって! 飲めませんよ!」

「……おい」


 緋音さんが持っているスプーンで、俺の背後を指差す。

 俺がそれにつられて振り向くと、カウンターの奥で初老のマスターが一滴の涙をこぼしていた。


 え、これ俺が悪いの?

 俺これ飲んだら確実に胃に穴が開くよ?

 しかし、俺が躊躇したせいで大の大人を泣かせたとなると、非常に居心地が悪い。

 気合いを入れて飲むしかないのだろうか。


「えぇい、どうにでもなれ!」


 俺は『漢の中のおとコーヒー』を手に取り、一気に喉へ流し込んだ。


「ブブッッッフォォォッ!!!」

 

 あまりの熱さと強烈なカプサイシンの刺激に耐えきれず、俺は盛大に吹き出した。

 瞬間、緋音さんは隣に座っていた凪の首根っこをひっつかみ、自分の前へ『盾』として引き寄せた。

 俺の吹き出した地獄のコーヒーが思いきり凪の顔面へ直撃し、顔からポタポタと赤黒い滴を落とす。


「ッッッあつぃぃぃ!? なにすんすか緋音さん! 零人のくっそ汚ぇ激辛コーヒーが顔にかかってビチャビチャじゃないすか!!」

「あっははは、ごめんごめん。咄嗟にやっちゃった」

「ごっほ……ご、ごめん凪」


 俺は喉を焼き切られそうに咽せながら、先ほど泣いていたマスターを恨めしくチラリと見る。

 そこには、鏡を見ながら呑気に目薬をさしているマスターの姿があった。


「…………」


 泣いてたわけじゃなく、ドライアイで目薬さしてただけかよ……。


「ったくよ~……あっつ……」


 凪はお手拭きで顔を拭きつつ、緋音さんへ質問を戻す。


「ちなみに、その他プレイヤーの目的って分かってるんすか?」

「分からない。しかし、情報屋から私の耳に入るぐらいだ。おそらく、お前らと同じく『断章』を狙っている可能性が高い」

「まじかよ……対人戦になるかもしれないってことか。それはめんどくさいっすね」

「零人。相手がどんなやつであろうと、断章があった場合は絶対に回収しろ。相手がどういう輩か分からん。甘い言葉を囁いてくるかもしれんが、絶対に譲るなよ」


 緋音さんは、いつになく真剣な表情で俺の目を見た。


「分かりました。断章があった場合、絶対に俺たちが回収します」

「よろしい。じゃあそろそろ帰るとするか」


 いつの間にか緋音さんと凪は巨大なスイーツを平らげており、緋音さんがスマートに会計を済ませる。

 俺たちが店を出ると、外はまだ梅雨特有の重い雨が降っており、少し憂鬱な気分にさせた。


「家まで車で送るが、乗るか?」

「俺は近いので、このまま歩いて帰ります」

「そうか。凪は歩いて帰れよ? 私の車がコーヒー臭くなってはかなわん」

「なんでっすか! 俺のせいじゃないのに!」

「フフッ、冗談だ。乗ってけ。零人は気をつけて帰れよ」


 緋音さんと凪は、赤いスポーツカーに乗り込む。

 俺は手を振り、走り去る二人を見送った。

 傘を差し、家へと歩き出す。

 梅雨は嫌いだ。いつもジメジメしていて、気分を盛り下げてくる。

 俺はスマホを取り出し、コモを呼び出す。


「もうそろそろそっちにダイブするが、今回の任務、結構大変みたいだぞ」

【そうなんだ! でも、僕と零人なら楽勝だよ!】

「ハハハ。そうだといいけどな」


 雨の中、俺はイヤホン越しにコモと話しながら帰路を急いだ。

 道中、雨傘を差した何人かとすれ違う。

 季節は梅雨だというのに、金木犀の香りを漂わせる少女とすれ違う。

 俺はいい香りだなと思いながら、次の任務に思いを馳せる。

 守ると決めた物を守るために。

 コモの記憶を取り戻すために。

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