プレイヤー
注文した物が届き、俺の目の前には異常な光景が広がっていた。
凪の目の前には、人間の頭よりデカい巨大なパフェがそびえ立っている。カラースプレーが雑に散りばめられ、いちごソースとはちみつが致死量ほどかけられていた。
緋音さんの前には、消火用のバケツかと思うほどの巨大なプリンが鎮座している。
だが、問題は俺のコーヒーだ。
漆黒の液体の中に真っ赤な唐辛子が丸ごと1本浮いており、あろうことかコーヒー自体がマグマのようにグツグツと沸騰して、目を刺すような危険な香りを漂わせているのだ。
「これ……人間が飲んでいい物なのか?」
「『漢』の零人には問題無いだろう」
「漢の中の漢だしな!」
緋音さんと凪がニヤリと俺を見て笑う。
バカな……飲むわけが無い。世の男子高校生なら、緋音さんのような美人に煽られれば、いいところを見せようと意地になって口にするだろうが、俺は違う。
タマ無しとバカにされようが、俺は命を優先して徹底的に冷ますことにした。
「ところで緋音さん。任務の話ってなんですか?」
「あぁ。今回、少し厄介な噂を小耳に挟んでな」
緋音さんは見た目に似合わず、大きなスプーンでモリモリとバケツプリンをすくい食べている。
「厄介な事?」
「あぁ。今回お前たちに行ってもらう街へ、『他のプレイヤー』が向かっているらしい。どんな奴かは分からないが、警戒しておいて損はない」
「今回、緋音さんは来るんですか?」
「私は別口で調べる事があって、今回は行けそうにない。編成はアーサー、紗奈、凪、零人の四人だ」
緋音さんは来られないのか。やはり団長ともなるとやる事がいっぱいあるのだろう。
プリンを幸せそうに食べている姿からは想像もできないが。
「他プレイヤーって、そんなに警戒しなきゃいけないんですか? 協力してくれるかもしれないじゃないですか」
「そういう奴もいるだろうが……あの世界はゲームだ。現実の倫理観を捨てて、タガを外す奴も多い。普通のプレイヤーなら魔獣の森など避ける。そこをわざわざ進んでいるということは、確実に『力』を求めている狂犬か、プロのPK集団だと思った方がいい」
入団の時にアーサーも言っていたが、やはり危険な人間が多いのだろう。
俺もここ一週間、ネーデの街に出た時、住民から多々白い目で見られることがあった。
過去に自分か近しい人が、タガの外れたプレイヤーから迷惑を受けたのだろう。
ゲームだから気にしすぎだと言われればそれまでだが、俺には到底割り切れる気がしなかった。
「それより、いい加減飲んだらどうだ」
「いや、さすがにまだ沸騰してますって! 飲めませんよ!」
「……おい」
緋音さんが持っているスプーンで、俺の背後を指差す。
俺がそれにつられて振り向くと、カウンターの奥で初老のマスターが一滴の涙をこぼしていた。
え、これ俺が悪いの?
俺これ飲んだら確実に胃に穴が開くよ?
しかし、俺が躊躇したせいで大の大人を泣かせたとなると、非常に居心地が悪い。
気合いを入れて飲むしかないのだろうか。
「えぇい、どうにでもなれ!」
俺は『漢の中のおとコーヒー』を手に取り、一気に喉へ流し込んだ。
「ブブッッッフォォォッ!!!」
あまりの熱さと強烈なカプサイシンの刺激に耐えきれず、俺は盛大に吹き出した。
瞬間、緋音さんは隣に座っていた凪の首根っこをひっつかみ、自分の前へ『盾』として引き寄せた。
俺の吹き出した地獄のコーヒーが思いきり凪の顔面へ直撃し、顔からポタポタと赤黒い滴を落とす。
「ッッッあつぃぃぃ!? なにすんすか緋音さん! 零人のくっそ汚ぇ激辛コーヒーが顔にかかってビチャビチャじゃないすか!!」
「あっははは、ごめんごめん。咄嗟にやっちゃった」
「ごっほ……ご、ごめん凪」
俺は喉を焼き切られそうに咽せながら、先ほど泣いていたマスターを恨めしくチラリと見る。
そこには、鏡を見ながら呑気に目薬をさしているマスターの姿があった。
「…………」
泣いてたわけじゃなく、ドライアイで目薬さしてただけかよ……。
「ったくよ~……あっつ……」
凪はお手拭きで顔を拭きつつ、緋音さんへ質問を戻す。
「ちなみに、その他プレイヤーの目的って分かってるんすか?」
「分からない。しかし、情報屋から私の耳に入るぐらいだ。おそらく、お前らと同じく『断章』を狙っている可能性が高い」
「まじかよ……対人戦になるかもしれないってことか。それはめんどくさいっすね」
「零人。相手がどんなやつであろうと、断章があった場合は絶対に回収しろ。相手がどういう輩か分からん。甘い言葉を囁いてくるかもしれんが、絶対に譲るなよ」
緋音さんは、いつになく真剣な表情で俺の目を見た。
「分かりました。断章があった場合、絶対に俺たちが回収します」
「よろしい。じゃあそろそろ帰るとするか」
いつの間にか緋音さんと凪は巨大なスイーツを平らげており、緋音さんがスマートに会計を済ませる。
俺たちが店を出ると、外はまだ梅雨特有の重い雨が降っており、少し憂鬱な気分にさせた。
「家まで車で送るが、乗るか?」
「俺は近いので、このまま歩いて帰ります」
「そうか。凪は歩いて帰れよ? 私の車がコーヒー臭くなってはかなわん」
「なんでっすか! 俺のせいじゃないのに!」
「フフッ、冗談だ。乗ってけ。零人は気をつけて帰れよ」
緋音さんと凪は、赤いスポーツカーに乗り込む。
俺は手を振り、走り去る二人を見送った。
傘を差し、家へと歩き出す。
梅雨は嫌いだ。いつもジメジメしていて、気分を盛り下げてくる。
俺はスマホを取り出し、コモを呼び出す。
「もうそろそろそっちにダイブするが、今回の任務、結構大変みたいだぞ」
【そうなんだ! でも、僕と零人なら楽勝だよ!】
「ハハハ。そうだといいけどな」
雨の中、俺はイヤホン越しにコモと話しながら帰路を急いだ。
道中、雨傘を差した何人かとすれ違う。
季節は梅雨だというのに、金木犀の香りを漂わせる少女とすれ違う。
俺はいい香りだなと思いながら、次の任務に思いを馳せる。
守ると決めた物を守るために。
コモの記憶を取り戻すために。




