来訪
――入団から1週間後。
時刻は放課後。俺は帰る準備をしながら、憂鬱な気分で窓の外を眺めていた。
「なぁ零人〜。次の任務、多分すげぇ大変だぞ……」
凪が俺の席の前でしゃがみこみ、机に突っ伏してボヤいた。
俺達一番隊は、今回緋音さんから直々に任務を任されている。
最近、地方の街に暴走した魔物が頻繁に押し寄せてくるようになり、その原因を突き止めて欲しいと『空亡』に依頼があったそうだ。
緋音さんは、それが『断章』による影響である可能性が高いと睨み、俺達一番隊に調査と街の防衛を任せたというわけだ。
「そうなのか? 調査だけならすぐに終わりそうだけど」
「そうじゃねぇよ。今回行くのは大都市じゃない。ルミナスを横付けできないから、自力で魔獣の森を徒歩で抜けて、街まで行かなきゃならねーんだ」
ネーデの世界は常に魔物の脅威に晒されているため、大都市は基本的に空中に浮き、地上と太い鎖で繋がれている。
だが、小さな町はルミナスのような巨大戦艦を停泊させる設備が無い。そのため、街に向かうには乗り物を使うか、危険な地上を歩くしかないのだ。
「まぁ、散歩気分で景色を楽しめるんじゃないか?」
「馬鹿言え。今回通るルートは魔獣がうじゃうじゃ居るんだよ。常にリンク状態で気を張ってなきゃ危ないから、精神的にすげぇ疲れるんだって」
なるほど。確かに魔獣が大量にいるなら面倒に違いない。
だが、俺はまだこの世界の魔獣というものに遭遇したことがない。
ドラゴンとか出てくるのだろうか。
少し、ワクワクする。
「……お前ワクワクしてんだろ」
「バレた?」
凪がジト目で俺を見る。
なんだよ、しょうがないだろ。男の子なんだから。
「お前、『断章』の回収任務をやったことないもんな。今、空亡が保管してるあの一つの断章を手に入れた時……俺も現場にいたんだが、マジで地獄だったんだぞ」
「そうなのか?」
「断章の放つ気に当てられて魔獣が狂ったように群がってくるわ、断章の力を狙う他のプレイヤーから
狙われるわで、散々だったぜ」
凪は虚ろな目で虚空を見つめていた。
余程ひどい目にあったのだろう。
あの凪がここまでトラウマを抉られたような表情をするのは珍しい。
「イマイチ、その断章ってのがよく分からないんだよな〜」
「正直、誰も完全に理解しちゃいないぞ。今うちにある断章が『魔物をおびき寄せる』ってだけで、ほかの断章は全く別の災厄を振り撒くらしいって噂も聞いたことあるしな」
プレイヤーが血眼になって狙うって事は、有益な能力を付与する断章もあるのだろうか。
「あれ? 零人と凪って、まだソウルリンカーやれてるんだ」
ふと、クラスメイトの悠斗が俺達の会話に混ざってきた。
「なんだ悠斗、お前もやってたのか」
「いや、俺はもう死んじゃったよ。おかげでバディも消去されて、マジで散々だよ……」
「あー……」
ソウルリンカーが爆発的に売れているのに、アクティブユーザーが少ない最大の理由。
それは、ゲーム内で死んだら『バディも完全に消去される』という過酷な仕様だ。一時期は周りを見渡すと大抵の人がバディと一緒だったが、日に日にその数は減っていた。
俺の背筋に、冷たいものが走った。
消去される? あの、心を持って笑い、泣き、怒るコモ達が?
ゲームのデータと言ってしまえばそれまでかもしれない。
だが、あの精神世界で俺の手を握り返してきたコモの温もりは、どう考えてもただのプログラムじゃない。
もしコモが消えたら、あいつの『心』はどこに行くんだ?
「最近、運営のいい噂聞かないよな。ニュースでしょっちゅう黒い噂が流れてるし、お前らも個人情報とか気をつけた方がいいよ。んじゃ!」
「う、うい〜。……俺達も、ガルとコモを絶対に失わないように頑張らないとな。さて、帰るか」
凪が立ち上がり、カバンを肩にかけて俺を急かす。
俺達はガヤガヤと騒がしい昇降口へと向かい、靴を履き替えた。
外は梅雨時特有の、重くじめじめとした雨が降り続いていた。
「雨は憂鬱だな。ネーデの天気も、降ってなきゃいいけど」
「今日から凪の言ってた過酷な任務が始まるもんな」
俺達は傘を差し、校門を出る。
すると、灰色の雨景色の中で異様な存在感を放つ、真っ赤なスポーツカーが校門の前に横付けされていた。
ちらりと横目で運転席を見ると、とてつもなく見覚えのある顔があった。
「あ……緋音さん? だよな、あれ……」
「俺は何も見ていない。ナニモシラナイ」
凪がギギギとロボットのように首を車の反対側に向け、必死に他人のフリをしようとしている。
だが、緋音さんがこちらに気づいたのか、クラクションを軽く『プップッ』と鳴らし、黒い傘を差して優雅に車を降りてきた。
「おつかれ。零人、凪」
「いや、なんで俺達の学校知ってるんですか!」
「紗奈に聞いた」
やられた。
個人情報もあったものではない。
「やっぱ姉ちゃんか……。零人に教えとくと、姉ちゃんと緋音さん、同級生でリア友なんだよ……」
ネーデでの遠慮のない会話を見て、リアルの友人だろうなとは思っていたが、同級生だったとは。
というより、ギルドマスターがわざわざ現実で何をしに来たのだろう。
「緋音さん、どうしてここに?」
「あぁ。今回の任務について、少し事前に話しておこうと思ってな。雨の中で立ち話もなんだし、そこの喫茶店にでも行かないか。なんか、お前ら目立ってるし」
いかにも緋音さんらしい真紅の高級車と、映画女優のように洗練された美貌の女性が校門で高校生を待っていれば、そりゃ嫌でも人が集まるだろ。
俺達は周囲の生徒たちからとんでもない注目を浴びながら、緋音さんの車に逃げ込むように乗り込んだ。
ある意味、公開処刑である。
明日から学校で質問攻めに遭うのは確定だ。
「緋音さんはこんな時間に大丈夫なんですか? お仕事とか」
「まぁ心配するな。無職ではない」
いや別に心配は微塵もしてないが。
凪が助手席からコッソリ耳打ちしてくる。
――緋音さん、凄腕の投資家だから時間割と自由なんだよ。
さすが緋音さんである。現実でも強キャラだった。
雨の中をしばらく車で走り続け、やがて見覚えのある喫茶店へと到着する。
「よし、着いたぞ」
「あ。ここ俺のい――」
「ん?」
「いえ、なんでもないです」
俺は「ここ俺の家の近くだ」と言いそうになり、慌てて口をつぐんだ。
別に言ってもいいが、緋音さんに知られたら、何かあるたびに平然とこの車で家の前まで迎えに来そうな気がしたからだ。
俺達はレトロな雰囲気の喫茶店へと入り、奥のボックス席に座った。
「私の奢りだ。なんでも好きなものを食っていいぞ」
「マジで!? じゃあ俺は『パラつく雨・さざめく恋は蜜の味パフェ』にしようかな」
「なんだその頭の悪い名前のパフェは!? じゃあ俺は――」
俺はテーブルに置かれたメニュー表を開き、絶句した。
そこには『キラッ☆貴方の瞳は恋の味コーヒー』や、『漢の中のおとコーヒー』など、正気を疑うようなポエム調のメニュー名がズラリと並んでいた。そういうコンセプトの店なのか。
俺は冷や汗を流しつつ、正面に座る緋音さんをチラリと見た。
緋音さんは、まるで敵ギルドの戦力を分析するような鋭い眼光で、メニュー表を凝視していた。
さすがの緋音さんも動揺しているのだろう。メニューを開いたまま微動だにしない。
そりゃそうだ。緋音さんのようなクールでカッコいい大人の女性が、こんなふざけたメニューを頼めるはずがない。ブラックコーヒーでも探しているのだろう。
すると、緋音さんはパタンと力強くメニューを閉じ、決意に満ちた表情で真っ直ぐ前を見据えた。
「よし。私は『メガ盛りチョモランマエクスタシープリン』にする」
「頼むんかい!!」
「ん? 零人は頼まないのか?」
俺は思わず大声でツッコんでしまった。
まさか緋音さんの美しい唇から「チョモランマエクスタシー」などという単語が飛び出すとは思いもしなかった。しかも極めて通る凜とした声だ。店員がこっちを見ている。
「あ……あー……じゃあ、お、俺は……『漢の中のおとコーヒー』で……」
俺は顔を真っ赤にして、消え入りそうな声で注文をした。
「ブフッ……漢の中のおとコーヒーって……」
「ククク……零人が、漢……ククッ」
緋音さんと凪が、肩を震わせて笑いを堪えている。
俺は、いつかネーデでこいつらを絶対にシメてやろうと、心に固く誓った。
第1章の始まりです
書きダメしてないため、とんでもなく毎日大変です。
時...時間が欲しい。




