歓迎
俺は緋音さん達に連れられ、今朝来たばかりの食堂へと戻ってきた。
扉を開けると、朝には無かった手描きの横断幕がデカデカと吊り下げられており、そこには――『ようこそ空亡へ!』――と書かれていた。
俺は今まで、本当の意味で『自分の居場所』と呼べるものがなかった。
だから、この手作りの不器用な歓迎が、堪らなく嬉しかった。
「おう!お前さんが新人か。これからよろしく頼むな」
既に何人かが席に座っていたが、いち早く俺達に気づいて声をかけてきたのは、タバコの匂いを漂わせる、無精髭を生やしたダンディなおじさんだった。
声も低く渋い。将来こんな風に歳を取れたらなと思わせる、男の憧れを具現化したような人だ。
ただ、隣のコモは煙の匂いが苦手なのか、両手で鼻を摘んでフンフンと息を止めている。
「俺は重田 緒不無だ。二番隊の隊長をやらされてる。さっきすげぇ勢いでルミナスが揺れてたが……お前さん、姐さんに苛められでもしたか?」
重田さんが俺に近づき、小声でそう言うと横目で緋音さんを見る。
緋音さんはその声が聞こえたのか、重田さんをスッと睨みつけた。
「私じゃない。そいつ……零人がやったんだ。重田も気をつけろよ。うっかりしてると足元をすくわれるぞ」
「……マジで? 姐さんとやり合ったのかよ、このヒヨッコが」
「へー、やるじゃん。期待の大型新人だねぇ」
重田さんが目を丸くする横で、のんびりとした声が響いた。
声の主は、青いショートボブの髪を揺らす女性。ダウナー系とでも言うのだろうか、気怠げに机に突っ伏したまま、こちらへヒラヒラと手を振った。
「私は式乃 真理。そこのタバコ臭いおっさんと同じ二番隊だよ。よろしくねー」
「おいおい酷いなぁ。そんなに俺、タバコ臭いか?」
重田さんは、俺たちと同じような黒いコートの襟を広げ、クンクンと自分の匂いを嗅いでいる。普段から吸っていると、自分じゃ気づかないのだろう。
式乃さんは机に突っ伏したまま、重田さんに向かってシッシッと手を振り追い払っていた。
「なんだなんだ。せっかく新しく仲間が加わったというのに、全然人がいないじゃないか」
緋音さんはガランとした周囲の席を見渡し、不満げに顔を歪める。
「姐さん、昨日の夜に東京の港に着いたばかりですよ? みんな依頼やら探索やらで、出払ってるに決まってるじゃないですか」
重田さんがやれやれと諭すと、緋音さんはジト目で重田さんを見据えた。
「じゃあ、お前たちは何故ここに居る……」
重田さんは大袈裟にビクッとした表情を作り、ヘラヘラと笑みを浮かべる。
「いやぁ、この前の任務で結構デカい金が入ったんで、ここで英気を養ってるんですよ。零人くんと姐さんも、とりあえず一杯やりますか?」
重田さんは手に持っていた透明なグラスの氷をカラカラと鳴らしながら誘ってくる。
式乃さんは相変わらず、机に突っ伏したままだ。
「私はいい。それにしても、予想以上に人がいなかったな。また全員が揃った時に、改めて本格的な歓迎会でもやるか。……それより、アイツはまだか?」
緋音さんは腕時計をチラチラ見ながら、食堂の入口の方を気にしていた。
すると、遠くの廊下からドタドタと誰かが慌てて走ってくる足音が聞こえてきた。
「あゎわわわ。お待たせしましたぁ!!」
飛び込んできたのは、黒いクラシカルなメイド服を着た女の子だった。
セミロングのウェーブがかった金髪に、猫の顔を模したヘアピンを揺らしている。
彼女は大切そうに畳まれた『黒いコート』を両手に抱え、ゼェゼェと息を切らしていた。
緋音さんはコツコツとブーツの音を響かせて近寄り、その黒いコートを受け取る。
「ありがとうな。アリス」
緋音さんがポンと頭を撫でると、アリスと呼ばれた少女は満面の笑みを浮かべ、俺に対し深々と綺麗なお辞儀をして、またそそくさと小走りで去っていった。
黒いコートを手にした緋音さんが、俺の正面へと戻ってくる。
「あいつはアリス。このルミナスで働いているメイドだ。あんなドジっ子みたいな見た目だが、戦闘に出れば結構強いぞ。……そして零人。空亡に入団したからには、これを着てもらうことになる」
緋音さんから手渡されたコートを広げると、皆が着ているものと同じデザインだった。背中には、真っ赤な三日月と大剣のマークが美しく刺繍されている。
見た目は重厚だが、持ってみると驚くほど軽い。
「これ、すごい軽いですね。分厚いコートだから、結構重いと思ってました」
「あぁ、激しい戦闘を想定して作ってある特注品だからな。動きにくくては本末転倒だろう」
俺は早速、今着ている初期装備の服の上から、その黒いコートをバサッと纏った。
背中の赤い三日月が、食堂のライトに映える。
「おっ、似合ってんじゃん!」
凪がニッと笑うと、アーサーや重田さんたちから一斉に拍手が湧き起こった。
俺はなんだか急に照れくさくなり、フードを深く被って顔を隠した。
すると、その不審者のような挙動のせいで、周りからドッと温かい笑いが巻き起こった。
「まぁ、これからよろしく頼む。零人の配属予定だが、凪の友達という事もあるし、一番隊に入ってもらうことになると思う」
凪はそれを聞き、満面の笑みで俺の背中をバンバン叩いた。
「っしゃ! 零人、これからこき使ってやるから覚悟しろよ!」
足元では、コモもガルとハイタッチをしてワイワイと仲良くやっていた。
紗奈さんがその横にしゃがみ込み、二匹の様子をニコニコと見つめている。
昔から紗奈さんは可愛い動物が大好きなのだ。
「にしても、初日でこんな事になるとは思っても無かったわ……」
「結局お前、なんで回収部隊に追われてたんだ?」
――『起源・候補者』――
この言葉の意味は全くわからないが、間違いなく、アイツが俺を異常なまでに狙って襲ってきた理由はこれだろう。
この言葉の真の意味は、コモと一緒にこの世界を冒険していれば、いつか分かる日が来るのだろうか。
どこか胸の奥に、得体の知れない黒い靄のような不快感を覚えながらも……俺は今日ばかりは、この温かい歓迎のパーティを心から楽しむのだった。




