入団
アーサーは重々しい口調で話を続ける。
「そして『断章』だ。断章が存在する地域には、必ず災厄が降り注ぐ。魔獣が異常に凶暴化して街を襲ったり、周囲の空間や物質が変質したり、あるいは断章の力を狙う別の存在が現れたりと、様々だ」
ホログラムの映像が切り替わる。巨大で禍々しい魔獣が街の防壁を破壊し、逃げ惑う人々や、必死に抗う兵士たちがいとも容易く蹴散らされていく光景が映し出された。
「僕たち『空亡』は、この世界の人々を守るため、そして根本的な原因である断章を回収し、破壊する為に動いている。既に、一つだけ断章を手に入れたんだ」
アーサーがタッチパネルを操作すると、壁の大型モニターに映像が映し出された。
そこには、厳重な台座の上に安置された『拳ほどの大きさの、青く輝く宝石のような物』があった。ただの石ではない。画面越しでも、その周囲の空間が微かに歪んでいるのが分かるほどの異様な存在感を放っている。
しかし、破壊するために動いている空亡が、なぜ未だにアレを所有しているのだろうか。
「その断章って言うのは……今すぐには破壊できないんですか?」
「あぁ。僕たちも破壊出来る様にありとあらゆる手段を試したんだけど、傷一つ付けられなかった。だから今は、災厄をあちこちに振り撒かれないよう、1箇所に集めて封印・保管している。全て集めきれば、システム的なロックが外れて破壊出来るかもしれないしね」
アーサーはそう言うと、椅子から立ち上がり、俺に対して深く、深く頭を下げた。
「だから……得体の知れない力を持つ君に、どうか協力して欲しいんだ。僕たちと一緒に、このネーデを救って欲しい」
俺は激しく動揺していた。
どこかでまだ、これは「ただのゲームだ」と高を括っていた部分があった。だが、アーサーから伝わる切実な感情は本物だ。緋音さんも、紗菜さんも、あのふざけた凪でさえも、冗談の通じない真剣な眼差しで俺を見つめている。
「いきなりそんな、世界を救えと言われても……」
俺は助け舟を求めるように、横に座っているコモを見た。
――が、息を呑んだ。
コモは俺と視線を合わせず、ただ一点、虚空を無表情で見つめていた。何時もなら「やってやろうよ!」と無邪気に背中を押してきそうなものなのに。今はまるで、魂が抜け落ちた機械のように、その瞳から一切の感情の光が消え失せている。
「私からも頼む。我々に力を貸してほしい」
ハッとして前を向くと、緋音さんまでもがアーサーと同様に頭を下げていた。
ギルドのトップが、今日始めたばかりのレベル1の初心者に頭を下げる。
それは異常な光景だった。
しかし、どうしても気になることがある。
アーサーは分かる。
彼はこの世界の住人ネーディアであり、ネーデでしか生きられない。
守らなければ自分も消えるからだ。
だが、緋音さんは違う。現実世界の人間だ。
守らなくとも、別のゲームに行けばいいだけのこと。
ここまで真剣に、プライドを捨てて頭を下げる理由が分からない。
俺自身も、コモの記憶を取り戻すという目的はある。
しかし、それが断章と関係があるかどうかは不明だし、何よりコモ本人がこの有様だ。
不確定要素が多い中で、命懸けの戦いに巻き込まれるリスクはあまりにも高すぎる。
「緋音さんは……何故そこまでして、このネーデを守ろうとしているんですか?」
俺の問いに、緋音さんはゆっくりと頭をあげた。
その顔には、先ほどの強者の余裕は微塵もなく、ただ悲痛な思いだけが張り付いていた。
「私には、妹がいる。……妹は、現実世界での事故で植物状態になってしまったんだ。私は何とか彼女の意識を取り戻せないかと調べ尽くし、植物状態でも脳の活動はあると知って、一縷の望みを懸けて彼女にダイブギアを装着させた」
「……え?」
「妹の意識は、この世界――ネーデへと飛んだ。だが……そのまま、現実には戻ってこなくなってしまった」
緋音さんは、強く拳を握りしめる。
「妹の意識は、確実にこの世界のどこかに囚われている。私は妹を探し出し、無事に現実へ帰還させる。その為には、この世界そのものが崩壊するような事態だけは、絶対に防がなければならないんだ」
失敗した。
俺は、無神経にも程がある事を聞いてしまった。
今日会ったばかりの得体の知れない人間に、ギルドマスターが頭を下げる。
そんなの、遊び半分の軽い理由であるはずがなかったのに。
俺は今まで、記憶がないまま、誰かに守られてばっかりだった。
心の奥底で、自分が誰かの責任を背負うこと、誰かを助ける事に、理由の分からない『怯え』を感じていた。
だが、目の前でたった一人の家族のために全てを懸けて足掻いている緋音さんを見て、俺の胸の奥で何かが熱く燃え上がった。
空っぽの俺でも。この力で、誰かの失われたものを取り戻す手伝いができるなら。
「……分かりました。無神経な事を聞いて、本当にすみません」
俺はテーブルに両手を突き、真っ直ぐに緋音さんたちを見返した。
「俺で良ければ、力になります」
その言葉を聞いた瞬間。
緋音さんは目を丸くし、張り詰めていた糸がふっと切れたように、一瞬だけ泣きそうなほど安堵した顔を見せた。
だが、次の瞬間にはバンッ! と机を叩いて勢い良く立ち上がり、いつもの不敵な笑みを顔に貼り付けていた。
「そうか! 入ってくれるか!! よし、そうと決まれば歓迎会を開くぞ!!」
「えっ、あ、はい」
あまりの切り替えの早さに俺が面食らっていると、アーサーが苦笑しながら手を差し出してきた。
「ありがとう、零人君。君が来てくれて本当に嬉しいよ。改めて自己紹介しよう。僕は淺乃 剣。空亡の副団長、兼『一番隊』の隊長をしている」
「アーサーさん、副団長だったんですね。よろしくお願いします」
「これから仲間になるんだから、呼び捨てで構わないよ」
アーサーと固い握手を交わす。道理で色々としっかりしているわけだ。
「私は団長の赤井 緋音だ。これからよろしく頼むぞ!」
緋音さんとも握手をする。
彼女は俺が入団したのがよほど嬉しいのか、握手した手を満面の笑みでブンブンと上下に振り回し、俺の右肩が再び持っていかれそうになった。
「まぁ私は名前を言うまでもないけど、柏木 紗奈です!一番隊所属だよん」
紗奈さんはアーサーと同じ一番隊なのか。
というより、このギルドには一体いくつ隊があるのだろうか。
「俺は、一番隊の最強エリートイケメン・柏木 凪だ。よろしく頼むZE!」
凪がわざとらしく前髪を掻き上げながら、ふざけた決めポーズをしてきた。
非常にムカついたので、俺は無言で凪の腹に軽いジャブを入れておいた。
「痛ってーな! 何すんだよ!」
「いや、脊髄反射でつい」
何が最強エリートイケメンだ。
おバカ残念イケメンの間違いだろ。
「えーと、綴 零人です。これからよろしくお願いします」
「よろしくね」
俺がお辞儀をして挨拶すると、ハッと我に返ったように、コモも慌てて俺の真似をしてペコリとお辞儀をした。
紗奈さんはそんなコモを見て「やっぱり可愛い〜!」と悶えながら身体をクネクネさせている。
コモはそんな紗奈さんを、親の敵でも見るような冷ややかな目で見ていた。先程揉みくちゃにされたのがよほどトラウマになったらしい。
「よし、ちょうどいい時間だし、昼飯でも食べながら今ルミナスに居る他の団員を紹介しようじゃないか」
緋音さんはそう言うと、壁に備え付けてあった内線電話のような物を取り上げた。
「あー、テステス。今ルミナスに居る者、全員食堂に集合だ。新しくて面白い仲間が入ったぞ」
緋音さんが受話器を置くと、艦内のスピーカーから彼女の豪快な声が響き渡った。
「じゃあ、ド派手に歓迎会と行こうじゃないか!」
緋音さんは俺の肩をバンバンと叩き、ニヤリと悪戯っぽく笑うのだった。




