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断界のネーデ  作者: 萱 景一
第0章 始まり

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ビジター

俺たちは広い廊下をズンズン歩く緋音さんの後について行く。

 途中、凪と目が合ったので、気になっていたことを聞いた。


「なぁ、さっきの訓練所……壁とか結界とか壊れたままだけど、大丈夫なのか?」


 俺の言葉を聞いた凪は一瞬キョトンとし、次第に納得した様に頷いた。


「あぁ。戦艦ルミナスには自己修復機能が備わってるからな。すぐって訳じゃないが、放っておいても元の状態に戻るから大丈夫だぜ」


 なんと便利な機能だろう。

 俺が感心していると、ふいに紗奈さんが俺の肩に腕を絡め、ピッタリと寄りかかってきた。

 柔らかい感触に思考が吹き飛びそうになり、俺は必死で視線を前へ固定した。


「れいくん凄いじゃん。ツルギちゃんが強化した結界をぶち破って、ルミナスの装甲まであんなに抉るなんてさ」

「いや……僕自身、凪や緋音さんに勝ってないんで、凄いと言われても実感が無いんですよね。今回、緋音さんは負けって言ってくれましたけど、本気で来られてたら最初の攻撃で瞬殺されてましたし」

「僕も凄いんだよ~!」


 コモがドヤ顔で胸を張る。

 紗奈さんはそんなコモをひょいっと抱き上げ、「可愛い可愛い」と揉みくちゃにしていた。

 コモはめっちゃ嫌そうな顔をしている。

 

 しかし、実際俺が回し蹴りをスカした時点で、確実に負けていたのだ。

 先手を譲ってもらっていたからこその結果であり、決して緋音さんに勝てたと誇る事は出来なかった。


「ところで、紗奈さんのバディはどうしたんですか? さっきは寝てるとか言ってましたけど」

「あぁ、シーのこと? 普段からあんまり外に出てこないんだよね。まぁ、呼べばいつでもリンク出来るし、困ってはないんだけど」


 どこか諦めに似た表情で紗奈さんは答える。

 なんと自由気ままなバディなのだろう。

 ペットは飼い主に似るというが、自由奔放なところが凄く紗奈さんに似ている気がする。


「紗奈さんとシーはリンクしたら何になるんです?」

「んー?ブーツと手袋だよ。何?見たいの~?」


 紗奈さんはイタズラっぽい笑みを浮かべ、俺の頬を人差し指でグリグリしてくる。


「……やめとけ零人。姉ちゃん武器はなかなかえげつないぞ……」

 

 背後から凪がボソッと呟いた。やぶ蛇だったかもしれない。


「着いたぞ」


 緋音さんが重厚な両開きドアの前で立ち止まり、振り返った。

 扉には、真っ赤な三日月に大剣が突き立つような意匠のマークが彫り込まれていた。道中、所々で見かけたマークだ。恐らくこのギルド『空亡』の紋章だろう。

 アーサーが前へ出ると、緋音さんの代わりに恭しく扉を開けた。


 中に入ると、長方形の巨大なテーブルを豪華な椅子が囲む会議室だった。

 だが、俺の視線を奪ったのは家具ではない。壁の一面が総ガラス張りになっており、そこから見下ろす『景色』に、俺は言葉を失った。

 

 はるか眼下に広がるのは、活気のある巨大な港町。その奥には堅牢な城壁がそびえ、さらに先には広大な深い森がどこまでも続いている。

 だが何より俺を圧倒したのは、森の奥にある『空中にそびえる巨大な都市』が、神の鎖とでも呼ぶべき規格外の『太い鉄の鎖』によって、大地と直接繋ぎ止められているという、あまりにも現実離れした光景だった。


 ドアの入口で呆然と足を止めていると、後ろから凪が肩を組んできた。


「すげーだろ、この世界。まぁ、適当に座れよ」


 アーサーが手前の席の椅子を引き、俺へ座るように促す。俺は景色が見える位置に座れたことに、内心少しテンションが上がっていた。

 俺の対面に緋音さんが座り、左右にアーサーと紗奈さん。俺の横に凪が座る。


「さて。まずは今日、零人に何があったのか。詳しく聞かせてもらえるか?」


 緋音さんは両肘を机に突き、俺の奥底を探るような目つきで問いかけた。

 

 ――俺は、今日あった出来事を包み隠さず話した。

 全てを聞き終えた緋音さんは、目を閉じ、眉間に深く皺を寄せて考え込んだ。

 重い沈黙が会議室を満たす。

 やがて目を開けた緋音さんが、静かに口を開いた。


「零人。あるいはコモ。……お前達、『断章(だんしょう)』を持っていたりするのか?」


 断章? 一体何の話だろうか。


「なんですかそれは?」

「お前の言う『回収部隊』とやらは、通常、その『断章』を所有している者の元にのみ現れるシステムだ。お前の言っていた甲冑の騎士は、見たことも聞いたこともないイレギュラーだがな」


 そんなことを言われても、俺は何も持っていない。

 隣を見ると、コモも「知らない」というようにブンブンと首を横に振っている。

 それを見た緋音さんは、懐から古びた羅針盤のような金属器を取り出した。盤面には方位ではなく、複雑な幾何学模様が刻まれている。彼女がそれに少しだけ『余白』を流し込むと、中央の針が微かに揺れたが、すぐにピタリと静止した。


「うーむ……。確かに、持ってはいないようだな」

「すみません、ひとつ聞きたいんですが。その『断章』って、結局なんなんですか?」


 俺はたまらず質問を口にした。


「そこは僕から説明しよう。それを理解するには、この世界の歴史を知る必要があるんだ」


 アーサーが机のタッチパネルを操作する。

 すると、机の中央から青白いホログラムが浮かび上がった。


「かつてこの世界『ネーデ』は、『覆い隠す者』と呼ばれる絶望的な存在に支配されていた。ネーデに生きる全ての者が、明日の命に怯えて暮らす地獄のような毎日だった」


 ホログラムに都市の映像が浮かぶ。その上空を、とてつもなく巨大で冒涜的な『影』が覆い尽くしている。上空からは得体の知れない異形の生物が降り注ぎ、住人達を無差別に蹂躙していく凄惨な様子が映し出された。


「そこで僕の兄、淺乃(あさの) 光輝(こうき)が立ち上がった。兄は創造主様と協力し、死闘の末に、見事『覆い隠す者』を破壊する事に成功したんだ」


 映像が切り替わり、都市から光り輝く一人の戦士が空を駆け上がり、『覆い隠す者』へと突撃して粉々に粉砕する光景が映し出される。


「しかし……完全に消滅させる事は出来なかった」


 アーサーの声が、微かに沈んだ。


 「砕け散った『覆い隠す者』の破片は、ネーデの各地へと散らばった。それが『断章』。今なお世界に災厄を招き続ける呪いの欠片だ。……そして僕の兄はその戦いの直後、消失した。今も、生きているのか死んでいるのかすら分からない」


 アーサーの膝の上で、ギュッと強く拳が握りしめられているのが見えた。

 人々は脅威が去った事を喜んだが、断章の存在により、まだ戦いは終わっていない事を知った。


「そんな傷ついた世界に……君たち『ビジター』が、大量に来訪してきたんだ」

 

 ホログラムには、俺達ビジターが街の住人に武器を振り回し、横暴な振る舞いを行っている様子が映し出されていた。

 ……ゲームだから。

 ビジター達は、何をしても許される「NPC」だと思っているのだ。相手がどんな痛みを抱え、どんな歴史を生きている存在かも理解しようとせずに。


「最初は酷いものだった。君たちビジターは街で暴れ回り、命を弄んだ。……もちろん、全員がそうでは無い。中には共に戦ってくれる人もいたし、心優しい人も多かった。だけど、一度植え付けられた恐怖と印象は、早々変わるものじゃない。零人君もこれから、街の住人に冷たく当たられる事があるかも知れない。でも……どうか、そこは分かってあげて欲しい」


 アーサーは真っ直ぐに俺の目を見て、静かに、だが強い感情を込めて訴えかけた。

 恐らく、アーサー自身も、心無いビジターの言葉や暴力に晒されてきたのだろう。

 この世界はあまりにも完璧に作られすぎている。

 目の前にいるアーサーはAIだ。だが、その瞳の奥にある悲しみも、兄を想う心も、人間のそれと全く見分けがつかない。

 コモだってそうだ。今、俺の隣でホログラムを見つめるこの温かい体温も、笑う顔も、確かに『生きている』と感じる。


 ここは、ゲームじゃない。

 一つの『世界』として向き合わなければならないのだと、俺はアーサーの言葉を噛み締めながら、深く考え込んでいた。

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