ビジター
俺たちは広い廊下をズンズン歩く緋音さんの後について行く。
途中、凪と目が合ったので、気になっていたことを聞いた。
「なぁ、さっきの訓練所……壁とか結界とか壊れたままだけど、大丈夫なのか?」
俺の言葉を聞いた凪は一瞬キョトンとし、次第に納得した様に頷いた。
「あぁ。戦艦ルミナスには自己修復機能が備わってるからな。すぐって訳じゃないが、放っておいても元の状態に戻るから大丈夫だぜ」
なんと便利な機能だろう。
俺が感心していると、ふいに紗奈さんが俺の肩に腕を絡め、ピッタリと寄りかかってきた。
柔らかい感触に思考が吹き飛びそうになり、俺は必死で視線を前へ固定した。
「れいくん凄いじゃん。ツルギちゃんが強化した結界をぶち破って、ルミナスの装甲まであんなに抉るなんてさ」
「いや……僕自身、凪や緋音さんに勝ってないんで、凄いと言われても実感が無いんですよね。今回、緋音さんは負けって言ってくれましたけど、本気で来られてたら最初の攻撃で瞬殺されてましたし」
「僕も凄いんだよ~!」
コモがドヤ顔で胸を張る。
紗奈さんはそんなコモをひょいっと抱き上げ、「可愛い可愛い」と揉みくちゃにしていた。
コモはめっちゃ嫌そうな顔をしている。
しかし、実際俺が回し蹴りをスカした時点で、確実に負けていたのだ。
先手を譲ってもらっていたからこその結果であり、決して緋音さんに勝てたと誇る事は出来なかった。
「ところで、紗奈さんのバディはどうしたんですか? さっきは寝てるとか言ってましたけど」
「あぁ、シーのこと? 普段からあんまり外に出てこないんだよね。まぁ、呼べばいつでもリンク出来るし、困ってはないんだけど」
どこか諦めに似た表情で紗奈さんは答える。
なんと自由気ままなバディなのだろう。
ペットは飼い主に似るというが、自由奔放なところが凄く紗奈さんに似ている気がする。
「紗奈さんとシーはリンクしたら何になるんです?」
「んー?ブーツと手袋だよ。何?見たいの~?」
紗奈さんはイタズラっぽい笑みを浮かべ、俺の頬を人差し指でグリグリしてくる。
「……やめとけ零人。姉ちゃん武器はなかなかえげつないぞ……」
背後から凪がボソッと呟いた。やぶ蛇だったかもしれない。
「着いたぞ」
緋音さんが重厚な両開きドアの前で立ち止まり、振り返った。
扉には、真っ赤な三日月に大剣が突き立つような意匠のマークが彫り込まれていた。道中、所々で見かけたマークだ。恐らくこのギルド『空亡』の紋章だろう。
アーサーが前へ出ると、緋音さんの代わりに恭しく扉を開けた。
中に入ると、長方形の巨大なテーブルを豪華な椅子が囲む会議室だった。
だが、俺の視線を奪ったのは家具ではない。壁の一面が総ガラス張りになっており、そこから見下ろす『景色』に、俺は言葉を失った。
はるか眼下に広がるのは、活気のある巨大な港町。その奥には堅牢な城壁がそびえ、さらに先には広大な深い森がどこまでも続いている。
だが何より俺を圧倒したのは、森の奥にある『空中にそびえる巨大な都市』が、神の鎖とでも呼ぶべき規格外の『太い鉄の鎖』によって、大地と直接繋ぎ止められているという、あまりにも現実離れした光景だった。
ドアの入口で呆然と足を止めていると、後ろから凪が肩を組んできた。
「すげーだろ、この世界。まぁ、適当に座れよ」
アーサーが手前の席の椅子を引き、俺へ座るように促す。俺は景色が見える位置に座れたことに、内心少しテンションが上がっていた。
俺の対面に緋音さんが座り、左右にアーサーと紗奈さん。俺の横に凪が座る。
「さて。まずは今日、零人に何があったのか。詳しく聞かせてもらえるか?」
緋音さんは両肘を机に突き、俺の奥底を探るような目つきで問いかけた。
――俺は、今日あった出来事を包み隠さず話した。
全てを聞き終えた緋音さんは、目を閉じ、眉間に深く皺を寄せて考え込んだ。
重い沈黙が会議室を満たす。
やがて目を開けた緋音さんが、静かに口を開いた。
「零人。あるいはコモ。……お前達、『断章』を持っていたりするのか?」
断章? 一体何の話だろうか。
「なんですかそれは?」
「お前の言う『回収部隊』とやらは、通常、その『断章』を所有している者の元にのみ現れるシステムだ。お前の言っていた甲冑の騎士は、見たことも聞いたこともないイレギュラーだがな」
そんなことを言われても、俺は何も持っていない。
隣を見ると、コモも「知らない」というようにブンブンと首を横に振っている。
それを見た緋音さんは、懐から古びた羅針盤のような金属器を取り出した。盤面には方位ではなく、複雑な幾何学模様が刻まれている。彼女がそれに少しだけ『余白』を流し込むと、中央の針が微かに揺れたが、すぐにピタリと静止した。
「うーむ……。確かに、持ってはいないようだな」
「すみません、ひとつ聞きたいんですが。その『断章』って、結局なんなんですか?」
俺はたまらず質問を口にした。
「そこは僕から説明しよう。それを理解するには、この世界の歴史を知る必要があるんだ」
アーサーが机のタッチパネルを操作する。
すると、机の中央から青白いホログラムが浮かび上がった。
「かつてこの世界『ネーデ』は、『覆い隠す者』と呼ばれる絶望的な存在に支配されていた。ネーデに生きる全ての者が、明日の命に怯えて暮らす地獄のような毎日だった」
ホログラムに都市の映像が浮かぶ。その上空を、とてつもなく巨大で冒涜的な『影』が覆い尽くしている。上空からは得体の知れない異形の生物が降り注ぎ、住人達を無差別に蹂躙していく凄惨な様子が映し出された。
「そこで僕の兄、淺乃 光輝が立ち上がった。兄は創造主様と協力し、死闘の末に、見事『覆い隠す者』を破壊する事に成功したんだ」
映像が切り替わり、都市から光り輝く一人の戦士が空を駆け上がり、『覆い隠す者』へと突撃して粉々に粉砕する光景が映し出される。
「しかし……完全に消滅させる事は出来なかった」
アーサーの声が、微かに沈んだ。
「砕け散った『覆い隠す者』の破片は、ネーデの各地へと散らばった。それが『断章』。今なお世界に災厄を招き続ける呪いの欠片だ。……そして僕の兄はその戦いの直後、消失した。今も、生きているのか死んでいるのかすら分からない」
アーサーの膝の上で、ギュッと強く拳が握りしめられているのが見えた。
人々は脅威が去った事を喜んだが、断章の存在により、まだ戦いは終わっていない事を知った。
「そんな傷ついた世界に……君たち『ビジター』が、大量に来訪してきたんだ」
ホログラムには、俺達ビジターが街の住人に武器を振り回し、横暴な振る舞いを行っている様子が映し出されていた。
……ゲームだから。
ビジター達は、何をしても許される「NPC」だと思っているのだ。相手がどんな痛みを抱え、どんな歴史を生きている存在かも理解しようとせずに。
「最初は酷いものだった。君たちビジターは街で暴れ回り、命を弄んだ。……もちろん、全員がそうでは無い。中には共に戦ってくれる人もいたし、心優しい人も多かった。だけど、一度植え付けられた恐怖と印象は、早々変わるものじゃない。零人君もこれから、街の住人に冷たく当たられる事があるかも知れない。でも……どうか、そこは分かってあげて欲しい」
アーサーは真っ直ぐに俺の目を見て、静かに、だが強い感情を込めて訴えかけた。
恐らく、アーサー自身も、心無いビジターの言葉や暴力に晒されてきたのだろう。
この世界はあまりにも完璧に作られすぎている。
目の前にいるアーサーはAIだ。だが、その瞳の奥にある悲しみも、兄を想う心も、人間のそれと全く見分けがつかない。
コモだってそうだ。今、俺の隣でホログラムを見つめるこの温かい体温も、笑う顔も、確かに『生きている』と感じる。
ここは、ゲームじゃない。
一つの『世界』として向き合わなければならないのだと、俺はアーサーの言葉を噛み締めながら、深く考え込んでいた。




