31話 順番待ちの間に、キューブの話
「はぁ〜……やっぱり時間かかるね」
「だね」
「まっ、こればっかりはしょうがないわね」
「あっ、リトくん。どこ行ってたの?」
「時間かかるから飲みもん買ってきた。ほいっと」
壁の花と化している皆に近寄り、真白にコーラ、琥珀にオレンジジュース、紫音と鈴にそれぞれ紅茶とお茶を渡して近くに座る。
「ありがと、リトくん。私の好きなの、覚えててくれたんだ」
「まあ、何回か見たからな」
「えへへ」
そう言って真白は、なぜか両手でコーラを大事そうに抱えた。
ただでさえ注目を集める三人に鈴まで加わったため、人の視線はさらに増え、近くに座る俺にも敵意や嫉妬が入り交じった視線が向けられ、なかなかに居づらい。
現在俺達はキューブの個人認証の順番待ちをしている最中だ。
最新機器とはいえ、最初の個人認証はまあまあ時間が掛かる。
逆に言えばこれさえ済ませてしまえばこれから先、授業でも部活でも、誰でも簡単に扱えるようになるので必要なプロセスなのだ。
「……にしても、豪勢な話よね」
「いきなりどうしたの?」
紫音の言葉に琥珀が反応し全員が視線を向ける。
「だってそうでしょ? 学校の設備として取り入れてるって言っても、どこの学校でもキューブを作ってる会社から学校への寄贈なわけじゃない」
「うん。そんな話っぽいよね」
「で、一台約四百万なんだからこの学校だけでも二百台で八億、ほかの学校も同じくらいだったから計四十八億分の寄贈って事でしょ」
「確かにそう聞くと豪勢かも」
紫音の話を聞いた真白がキューブを見ながら呟く。
まあ、確かに額面だけで言えば豪勢な話ではあるが、裏の事情を知ってると苦笑が漏れる。
「なんか知ってそうだね理人君」
俺のリアクションを目ざとく見付けた鈴の言葉で、皆の視線が俺に向く。
まあ、話しても支障はないから良いか。
「実は向こうにもめちゃくちゃ利益があるからできるだけで、善意だけの行動ってわけじゃないんだよ」
「そうなの、リトくん?」
「うん。皆、この学校に入る時に書いた書類覚えてるか?」
「えっと……確か、ここで取れたデータは匿名で提供元の会社に送るって奴だっけ?」
「そっ、琥珀の言うとおり、授業や部活なんかで得た俺達のデータは、個人を特定する情報を省いてキューブの提供元の会社であるイージスに提供される」
「それがメリットなの? それだけだとあんまりメリット感じないけど……」
鈴が言うように皆も俺の言葉にしっくり来ていないようだ。
「実際はキューブのメンテや部品なんかで細かく利益はあるけど、一番はやっぱり今言ったデータの方だよ。この学校の一年生の人数は?」
「えっと確か……35×10クラスで350人だよね?」
「そう。それが三学年で全体の人数は約1000人になる。それだけの人間……しかも健康的で個人差が最も出やすい成長期の生のデータが数ヶ月に一度、定期的に送られてくる」
「……それは確かに有益なデータね。しかもそれが個人の三年分……なるほど理人の言う通り、かなりの価値ね」
「うん。しかも継続的に毎年違う人間のデータが数百人分、ある程度整理された状態でだからな」
これだけでも価値が計り知れない。
「もっと言えばそれだけの人間のデータを集める為には、金を払うバイト形式か、任意のボランティアみたいに集めるなんて事もしないといけないものね。献血とかアンケートが良い例かしら?」
「だな。そこに飯の代金も掛かるし、集める側も整理スタッフにシステムエンジニア、給料も払ってそれが一日で終わらないから数日分、それを毎年でも金が飛ぶのに定期的にだからな」
「うわぁ……それが毎年ってなると確かに安い出費だね。私もたまにモデルの仕事手伝う時、スタッフさんの数多いからなんとなくわかるかも」
こ、琥珀、モデルの仕事までしてるのか……モデル並みの体型どころか本当にモデルだった……し、知らんかった。
「ち、ちなみに他にも各部品はイージス製で、修理も向こうの技術者しかできないからそっちも結構金が掛かる。それだけでもキューブの代金は数年あれば回収できるって感じだな」
琥珀の感想に多少ビックリしながら相槌を打つ。
個人の成長を年単位で定期的に数百人分追うことができる。それだけでも価値は大きい。
「ふーん。ずいぶん詳しいのね?」
「まあね」
「でも楽しみだよね。これが目的でこの学校選んだところはあるし」
「あはは、そうだね。私も紫音ちゃんも真白ちゃんも皆これ目当てだもんね」
「というか、この学校選ぶ理由の大半はこれでしょ。私だってそうだよ」
様々な分野に使われるキューブだがその際たる使い道はゲームだ。
ゲームと言ってもただ遊ぶだけではない。
現実と同じ条件で動ける電脳空間でのスポーツや格闘技にも使われる。現実でトレーニングして、電脳空間で動きをフィードバックする。正しいフォームを無理なく身につけられるのだ。
「電脳空間のトレーニングなら怪我もないし、事故もないものね。格闘技なんかは特にその恩恵も大きいってテレビで観たわね」
「だね。それに現実に場所を確保しなくても良いんだもんね」
琥珀の言う通り、大規模な大会をより簡単に低価格で実現できるとなれば、こちらの方が優先されるのは当然の流れだろう。
「エクススポーツも面白いよね。私あれ観るの結構好きだよ」
真白の言うエクススポーツとは、現実では不可能な動きもできる新スポーツ。賞金は億単位になることもあり、プロを目指す者も少なくない。
そしてこの学校はそんなエクススポーツを専門に学べる施設の一つとして誕生している学校なのだ。
「例えプロになれなくても、これからの時代はキューブにより多く触った人間が優遇されていく時代とも言われてるよね」
「真白ちゃんの言う通りだよ。お母さんやお姉ちゃん達もよく言ってるよ。これからはキューブをより使いこなした人達が台頭する時代だって」
「モデル業界でもそうなの?」
「うん。そうらしいよ」
これは後から聞いて知ったのだが、琥珀の母親は元プロのモデルで今は会社を興して社長に、そしてこの間会った凪那さんと魅那さんはそこに所属するモデルらしい。
「ポージングの研究やウォーキングの練習もキューブを使ってやるのが主流なんだって。キューブならミリ単位で分析もできるし、怪我もしないで練習できるから」
「へぇ〜、本当にどこでも使うんだねキューブって」
真白が感心した声で言う中、俺も俺で少し驚く。
かなりの場所で多用されているのは知っていたがまさかそんな業界でも重宝されていたとは……。
「リトくん? どうしたの?」
「いや、なんでもないよ。それよりそろそろ順番が回ってきそうだぞ」
「あら、本当ね。結構話し込んでたみたい」
「うん。話してたらあっという間だったね。じゃあ私はそろそろ順番回ってくるから行ってくるね」
「鈴がそろそろって事は私達もだね。移動しようか?」
「そうね。ほら理人に引っ付いてないで真白も行くわよ」
「ああ〜、リトく〜ん」
「行ってら〜」
紫音に首根っこを掴まれ引きずられる真白を見送り、俺もキューブの方へ移動した。




