32話 劇団小鳥遊とクラスの視線
「……チッ」
真白達と別れてキューブの方へ行った俺を出迎えたのは悪意増し増しの舌打ちだった。
それをしたのが誰かなど考えるまでもなく視線すら向けずにいると、その態度が余計気に食わなかったのかバカが一人突っかかって来た。
「おい、なんだよその態度は調子に乗ってんじゃねえぞ」
溜息を一つ吐き、絡んで来た人物――山羊に視線を向ける。
真白達と学校でも絡むようになってからというもの、山羊はことあるごとに俺に絡んで来る。
わざとらしい舌打ちはいつものこと、真白達がいない場所ではこうやって近付いてメェーメェーとうるさく鳴いてくる。
「なんか用か?」
今にも掴み掛かって来そうな山羊に仕方なく返事をする。
しかしそれも気に入らなかったのか山羊は更にヒートアップして暴言を吐く。
「なにか用かだと? これ見よがしに蒼月達に引っ付きやがって、自分が底辺だって事を忘れてカースト上位にでもなったつもりかよ? お前が誰とつるもうと底辺のモブはモブのままなんだよ!」
まあ、確かにそれはその通り。
どれだけ誰と付き合いがあろうと俺自身は何も変わってないんだから当たり前である。
そんなことをいちいち言わなくてもわかっているのだが、こいつからしたら真白達と話す姿はどうやらイキっているように見えるらしい。
それを小鳥遊という巨大な張りぼての影に隠れて好き勝手やってる奴が言うとかなり滑稽だが。
自分の全身が見えるように全身鏡でも用意した方が良いだろうか?
「おい聞いてんのかよ!」
「ああ、悪い。なんか唐突な自分語りの自己反省でも始めて、全身鏡でも送った方が良いかと考えてたんだけど、そんな高価なもん出す義理もないなぁとか考えてて聞いてなかったわ」
別に無視をしても良いが、反応してもしなくても絡んでくるなら煽ってこちらに意識を向けるのは悪くない。
「ふ、ふざけんじゃねえぞ!」
顔を真っ赤にして怒鳴る山羊に冷たい視線を送る。
ここまで怒鳴られてもやはりなんの感情も湧かない。
それくらい面倒臭いという表現しか出てこない。
「山羊、やめるんだ」
「止めんな小鳥遊! お前だって」
「いいんだ。俺の為にありがとう」
その声音だけ聞けば、友人を気遣う善人そのものだった。
ただ、視線だけは山羊ではなく周囲の女子へ向いている。
俺は何を見せられているんだろうか。
さっきまで明らかに山羊が俺に食ってかかるのを黙って見てたのに、全部言い終わった後になって止めに入るとかなんなんだろうか?
その挙句どう見ても目の前にいる山羊よりも周りの女子の反応の方を気にしてるし、山羊も山羊でそれを理解して途中から熱い友情演出に切り替え、揃ってお互いよりも周りを気にしてるし。
今もお互いのためみたいな会話を続けながら、お互いを全く意識せずに話してるという……めっちゃ下手な寸劇を見てる気分だけど、周りの女子は結構盛り上がってんだよなぁ。
これあれか、あざと女子を見る男と女の感覚の違いみたいなもんか。
あざといとわかっても可愛いから良いとか思う男と、またやってるよあの女的な考えをする女の違いみたいな……違うか?
まあ、なんにせよこの劇団小鳥遊の寸劇に付き合う義理はない。
すっかり俺よりも周りの女子の目を気にし始めた劇団を置き去りにしてさっさと離れると、遠巻きに眺めていた高木達が声をかけてきた。
「よっ、お疲れ天城」
「本当に疲れた」
「まあ、そうだろうな。俺なら絶対嫌だ」
「俺も嫌だな」
「んな事言わずに高木も真嶋も代わってくれても良いんだが?」
苦笑いしながら軽口を叩く二人にそんな台詞を返しながら少し考え事をしていると、真嶋が不思議そうに「どうしたんだ?」と聞いてくる。
「いや、改めて、こうやって話すようになるとは思わなかったなって思ってな。真白達の事もあるしアレほどとは言わなくてももう少し敵視されると思ってたから」
高木とは席が近かったから前から多少の会話はあったがそれも本当に世間話程度だった。
真嶋とは少し前に合同授業でバスケをやってから話すようになったが、それでも顔を合わせた時に挨拶する程度、こうやって普通に話すようになるとは思わなかったな。
「ぶっちゃけ羨ましいは羨ましいけど、単純にあっちよりマシだからだな」
「だな。アレレベルでクズだったら流石に話なんざしてねぇし。羨ましいけどな!」
「素直でなによりで」
「まあ、ぶっちゃけ蒼月さんのあの顔見たら誰だって、嫉妬よりも先に良かったって思うだろ」
「それな」
周りを見れば俺達の会話を聞いていた全員が静かに頷いている。
そう。
真白達ほどの美少女と一緒にいることで俺が嫉妬や妬みの対象にならない理由は、何も小鳥遊と山羊がクソほど嫌われているからだけではない。
その一番の理由が高木の言う通り真白の存在だ。
今まで誰が話し掛けても眠そうに冷たくあしらっていた真白だが、ここ最近は小鳥遊と山羊以外にはちゃんと受け答えするようになった。
そして俺といる時は言わずもがなであの調子だ。
それだけ見れば詳しい事情を知らない人間でも、今までの小鳥遊の行動が、あの天真爛漫に笑う女の子の笑顔を奪っていたのだと理解できる。
だからこそ嫉妬よりも先に笑顔を取り戻せたことの方が重要視されてるのだ。
「なによりアイツの顔な。今まで自分が中心と疑わなかった奴が、ぽっと出の奴に一番好きな女取られて悔しがる姿を見れただけで満足だ」
「全くだ。人から彼女奪っておいてそれすら知らないとか言ってた奴が落ちる様は見ていて気分爽快だからな」
二人の言葉に次々に賛同する男子諸君。
うん。訂正。
単純に嫌われているだけってのも大きな割合を占めていそうだ。
「それになにより……蒼月さんの態度の変化を見て、女子も何人かだけど小鳥遊から離れる奴が出てきてるらしいしな」
「らしいな。うちのクラスには居ないが、バスケ部の先輩のクラスの女子何人かはそうらしい。しかも今まであれだけ夢中だったのに憑き物が落ちたみたいだって言ってたぞ」
「そうなのか?」
二人の言葉に思わず聞き返す。
正直、他クラスの情報はおろか、上級生の情報は全くないのでどれも初耳だ。
「ああ、噂では何人か休んでる女子もいるとかいないとか」
「怖っ。洗脳でもしてたんかあの野郎?」
「流石にそれはないだろ。学校全体を洗脳とか流石に荒唐無稽すぎる」
「「だよなぁ〜」」
とはいえ、少し気になる噂ではある。
調べてみた方がいいのだろうか?
……いや、真白達には今のところ被害はないし、下手に関わりたくないなぁ。
俺は正義の味方でも主人公でもないのだ。
誰彼構わず助けるなんてそれこそ、アレと同類のようなことはしたくない。
まあ、奴は女限定の主人公らしいが。
誰々を助けて惚れられただの、そんな噂は嫌というほど聞こえてくる男だ。そんなのと一緒にされたくはない。
「と、そろそろ行くわ。次のグループ、俺の番っぽいし」
そう言って自分のクラスに戻る真嶋と別れる。
そしてついに次が俺の番になった。
キューブを前に流石にかなりワクワクしてくる。
周りを見れば高木もほかのクラスメイトの男子も俺と同じでワクワクが隠せないようだ。
ああ〜、くっそ楽しみだ!
さっきまでの会話などどこへやら、俺の頭の中はキューブのことで一杯になった。
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