29話 君にだけ見せる顔
「はぁ……だる……」
「あはは、お疲れ様」
「悪いわね理人」
「大丈夫リトくん? 肩でも揉んであげようか?」
「……君は燃料投下して楽しいかい?」
「実はすっごく楽しい」
いい笑顔だな、おい。
「ちょっとお宅のお嬢様、性格悪くなってません?」
「あはは……」
「今までの反動だから温かく見守ってやって」
「投げやり!? その被害は俺に来るのですが!?」
「おい、あの蒼月さんがあんなに楽しそうに笑ってるぞ」
「マジかよ。じゃあやっぱり……」
そんな俺達の様子を遠巻きに見ながらヒソヒソと話し声が聞こえる。
紫音が俺に話し掛けるという事件から二日。
あれをキッカケに紫音を含めた真白、琥珀、鈴と俺は普通に教室でも話すようになった。
学年どころか学校全体から見ても美少女四人と、陰キャとの交友は、衆目を集めるには十分にセンセーショナルな内容。
それだけ注目度が高く、噂話が好きな学生にとっても、普段そんなものを気にしない生徒にとっても、関わっている人間が人間なだけに、これ以上のコンテンツはないだろう。
クラスに蔓延していた奇異の目は、噂が学校全体広まるにつれ増えていき、今や休み時間の度に他のクラス、他の学年の人間まで見に来る始末。
これには四人が美少女という理由も勿論あるが、小鳥遊が学年を問わず女子生徒や教師にまでちょっかいをかけ、好意を向けられていることも関係している。
そして何よりも全員が驚いたのが真白の態度。
蒼月真白と言えば常にクールな美少女。
真白と互いに好意を持っていると、俺を含め誰もが思っていた小鳥遊が話しかけても、表情を変える事がない。
親友である紫音と琥珀と話す時は少し軟化するものの、基本的には笑う事すら見た事がない。
それが蒼月真白という少女に対して全員が持っている印象だった。
───だがそれがどうだ。
ここ二日の彼女は話をする度にコロコロと表情を変え、誰もが見蕩れてしまう程の笑顔を俺に向けている。
紫音、琥珀にとっては慣れたもの、俺にしても見慣れたその光景だが、やはりクラスの人間にとっては未だに見慣れず、他のクラスや学年にとってはまだまだ驚きの光景のようだ。
ぶっちゃけそれに優越感を覚えるかと言えばそんな事もないのだが、本人がずっと楽しそうなので何も言わない。
むしろこんなに表情豊かな子が今までずっと、表情を一切変えずに学校生活を送らなければいけなかったその理由に腹が立つ。
「チッ……」
そしてその原因にして、今にも俺に襲い掛かりそうな殺気を放つ人間が一人。
露骨な舌打ちをした張本人。
だが、その表情にいつものような余裕は一切ない。
取り巻きが心配そうな視線で見守っていても全て無視して、ここ数日ひたすらに俺達を睨み続けている。
まるで日課のように繰り返していた女子とのラブコメじみた騒動も、クラス外の女子にちょっかいをかけに行く余裕もないようだ。
小鳥遊はこれまで、真白に誰も近寄らせないため、自分こそが一番の理解者であるかのように、彼氏じみた振る舞いを続けてきた。
しかし俺の登場により、小鳥遊に対する真白の態度が素っ気ないだけのクールな対応ではなく、心の底から関わりたくないからこその対応だったと知れ渡った。
周りの小鳥遊と真白に対する印象はガラリと変わったのだ。
そして何より遠慮せず俺と接するようになってからは、真白の態度が更に硬化しているのもその原因の一つだろう。
今までは反応こそしないものの露骨な嫌がり方は真白も避けていたが、小鳥遊を気にせず俺と話すようになってからは、露骨に小鳥遊を避け、俺の方に来るようになった。
俺達からすれば当たり前だが、小鳥遊からしたら訳の分からない突然の変化だったのだろう。
実は自分が嫌われていたとは全く考えていない小鳥遊が、その変化の原因を自分以外に理由を求めるのは自然な流れだった。
その結果、俺がそのように指示したと思い込んでいるらしいというのが琥珀から聞いた話だ。
どこまでもはた迷惑な。
何より、今まで彼氏面していたハーレム野郎が、実は独り相撲だったと知った周りからの嘲笑も、小鳥遊のプライドに傷を付けている原因だ。
女子はどこか落ち着かない様子でソワソワと小鳥遊をチラ見し、男子は赤っ恥をかいた小鳥遊をニヤニヤと見ている。
「まっ、こんな幸せそうな顔してるんだからそりゃ違いが明白よね」
「だよね。こんなに学校で楽しそうにしてる真白ちゃん初めてだもん」
「えへへ。うん、私、学校が楽しいって今初めて思えてるよ。あっ、照れてる」
そんなことをまっすぐ言われて照れない奴は居ないと思う。
「うん。慈愛に満ちた生暖かい目を向けるのはやめようか?」
「おい、赤城!」
遠くから怒鳴るように叫ぶ声に思わず周りを見回すと、叫んだ張本人である小鳥遊と目が合ってしまった。
あっ、俺の事か。
勘違いを訂正しなかったとはいえ、間違った名前を呼ばれていきなり反応するのは難しい。
本当に分からなかっただけなのだが、それが小鳥遊にはとぼけているように見えたのだろう。
顔を真っ赤にした小鳥遊が鬼のような形相で俺達の方へやって来た。
「お前、馬鹿にしてるのか!?」
開口一番そんなセリフを吐く小鳥遊だが、俺を含め真白達もシラケた視線を向ける。
「バカにしてるのはアンタでしょう? 彼は赤城じゃなくて天城よ。人の名前すらまともに覚えられないの?」
「流石に人の名前を間違えて覚えて、怒鳴りつけるのは失礼じゃないかな遊木君?」
「くっ……あ、ああ、それは俺が悪かった。天城、でいいのか? 話があるからちょっと付き合え」
「いや、俺は用ないから嫌だが?」
名前間違えられた挙句、命令口調で睨まれながらそんな事言われてホイホイ付いていくバカなんていない。
「ふざけてるのか!」
「はっ? どこがだ? 自分が言えば全部相手が言う通りに行動すると思ってる方がふざけてるだろ?」
「そんな屁理屈が通用するとでも思ってんのかよ!」
「どこをどう聞いたら屁理屈になるんだよ。本格的に話が通じねぇなコイツは」
「なんだと!」
「聞こえなかったか? それとも理解する頭がないのか?」
ちょうどいいので煽るだけ煽る。
自分から絡みに行きたくはないが、向こうから来るのなら別。
この機会に意識を俺の方に無理やり向ければ、それだけ真白が何かされる可能性が低くなる。
ストーカーは何をしでかすか分からないからな。
「この! 調子に乗る───」
「そこまでだ!」
小鳥遊が俺の胸ぐらを掴み、殴り掛かる寸前、制止の声を掛けたのはこのクラスの担任で、生活指導もする香坂蓮先生だった。
「でも蓮ちゃん!」
「小鳥遊。何度も言うが香坂先生だ。生徒が教師を気安く名前で呼ぶんじゃない」
「うっ……」
と、このように厳しい口調でハッキリと言う香坂先生は、女子にも男子にも人気の高い先生だ。
まあ、裏の事情としては、大半の女子から好意を向けられている小鳥遊は、女性教師にも同じように接し、その一部からも好意を持たれている。
そんな小鳥遊に対して、一切距離を詰めさせない態度
が、女子にも男子にも安心感を与えているというのも人気の理由の一つだったりする。
「小鳥遊は席に戻れ。天城は後で少し話がある」
香坂先生のその言葉にあからさまに勝ち誇り、ざまあみろという態度を取る小鳥遊。
「はぁ……了解です」
それを無視して返事をすると再び睨まれた。理不尽……。
「ほかの者も全員、さっさと静かにして席に着け。ホームルームを始める」
香坂先生に一喝され、ざわついていた教室に秩序が戻り生徒達がそれぞれ席へ戻っていく
それでもやはり色々な感情の混ざった視線を感じる。
全く、本当に面倒臭い。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
ブックマーク・評価・リアクション・感想、本当に励みになっています。
真白の距離感、琥珀の反応、紫音との関係など、印象に残った場面があれば一言でも教えてもらえると嬉しいです。
続きが気になる方は、ブックマーク・評価で応援してもらえると励みになります。




