25話 紫音で良い
「……理由、聞いてもいい?」
体感温度が急激に下がったような気がする空気の中、星宮さんが静かに聞いてくる。
それに対して俺は平静を装いながら、胸中でせっかく友達になろうって言ってくれたのに、一日で終了かぁ~、と思いながら考えをまとめる。
「そうだな。まず俺は麗奈さん自身……というか、麗奈さんの仕事自体を否定する気は全くない事」
確かに世間一般から見れば特殊な仕事ではある。
だが俺自身は別に否定するつもりは毛頭ない。
「星宮さんにもある程度の被害はあるし、辞めて欲しいと思うのも、言うのも自由だけど、最終的にそれを決めるのは本人だから、無理矢理にでも辞めさせたいって言うなら俺は手を貸さない」
自分のことは自分で決める。
突き放すような言い方だが、結局はこの一言に尽きる。
「それに仮に辞めさせたとして生活は? 確かに俺が仕事を振れば一人分の生活費はいけるかもしれないけど、二人分の生活費に学費まで稼ぐのは生半可じゃない。学校辞めて働くなんて言われても困るしね」
「フフッ……」
終わった。
そう思った瞬間、今まで黙り込んでた星宮さんが苦笑する。
「ごめんなさい。私も同じ考えだからそんな顔しなくて大丈夫よ」
なぬ!?
「そんな顔とは?」
「怒られるの覚悟してます。って感じ」
ぐぬぬ。心情まで正確に当てられては何も言えない。というかまた試されたようだ。
「正直に言えば辞めさせようとは思ってないわ。ただ私を理由に諦めるのは嫌だから、続けるにしろ辞めるにしろ母さんが選べるようにしたいの」
「それだって簡単じゃないよ?」
「わかってる。これが私のワガママだってこともね。それでもそうしたいの」
大切で大好きな母親だから。
口には出さないがそれは感じる。
「なるほど、それなら協力するよ。便宜も贔屓もしないけど」
「ええ、それでいいわ。むしろそうして欲しいもの……やっぱり貴方に話して良かった」
「そういや、なんで俺にこんな話したの」
正直に言えば俺よりもあの二人の方が協力したり、親身になって話を聞きそうだ。それなのに今日初めてまともに話した俺に言うのが不思議だった。
「んー、そうね。貴方は同情とかしてくれなそうだから……かな?」
「あれ、ディスられてる?」
「違うわよ。これでも褒めてるのよ? あの二人とか何も聞かずに私に協力しそうじゃない。それが嫌な訳ではないんだけど……それに比べて貴方はちゃんと話を聞いて、そのうえで自分の考えを伝えてくれた」
うーん。確かに何も言わなくても協力するよ的な感じは想像出来る。
「話を聞いた今だって同情してる訳でもないでしょう? 私は同情して欲しいわけでも慰めて欲しい訳でもないもの」
確かに本人にとっては辛いことかもしれないが、言ってしまえばよくある事でもある。
「私は私が正しいとは思ってないの。だから全部肯定されるより、否定もちゃんとしてくれる貴方はとても好ましいわ。この距離感の冷たさが心地良いの」
二人でベンチに座ったまま、星宮さんは膝を抱えるように座り、普段見せないふにゃりとした笑顔を見せながら、膝に顔を乗せコテンと俺に顔を向けた。
普段のどこか大人っぽい雰囲気とは違う、ありのままの年相応の女の子の笑顔に少しドキリとする。
「他の人にどう見えるかは知らないけど……ただ甘い言葉を囁くだけの人間よりも私は好きよ。貴方のそういう優しくて冷たい所」
「ブフッ!?」
思いっきり吹き出した。
だってしょうがないだろう?
ただでさえさっき星宮さんにも陽向さんのお姉さん達にも、重婚の事について言われたばかり。
しかも普段では見れないような、柔らかい笑顔でこんなことを言われたら動揺しても仕方がない。
「……? ッ!? ち、ちが、そうじゃないから!?」
顔を真っ赤にして少し涙目になるとかやめて欲しい。普段とのギャップがもの凄く可愛い。
「あう……その……そう。好きはそうじゃなくて、嫌いでもなくて好きは好きだし好意はあるけど、って違うそうじゃなくて、そう! ライク! ラブじゃなくてライクの意味! ライクだから!」
「だ、大丈夫。わかってるますから大丈夫」
うん。絶賛混乱してるな俺。
しかし星宮さんの言葉に混乱していると、いつの間にやら少し不機嫌な空気を出している。
えっ!? ちょっと待って、俺この短時間に何かやらかした?
女の人が怒っている場合、何を怒っているか聞くのはタブー。
大抵の場合、逆効果にしかならないと俺は過去に学んだのだ。
どれほど分からなくてもその理由を自分で解明しなければ、火に油を注ぐ行為に等しい。
うーん。わからん。
「───で、いい」
「えっ?」
怒らせる訳にはいかないと、全力で思考をフル回転していて星宮さんの言葉を聞き逃してしまう。
すると星宮さんはプイッと俺から顔を逸らし。
「だから……紫音でいいって言ったの。母さんがきっかけだったけど、ここで呼び方変えたら意識してるみたいで負けた気になるし」
「……それ、顔真っ赤にしながらだと説得力なくない?」
「それは気が付かなかったフリするのが礼儀でしょ!」
「ごめんなさい!」
我ながら最近、妙に失言が多い気がする。
「全く、じゃあ私も理人って呼ぶから貴方もそうして」
「えっと……じゃあ、紫音さん?」
「さんもいらないわ」
「うっ……紫音?」
「そう、それでいい」
若干顔が赤いのを言ったらまた怒られるんだろうなぁ。
でも多分、いや、きっと俺も顔真っ赤だからお互いに何も言わないのが正解なのだろう。
「はぁ、でもあれね。慣れない事をするものではないわね。お陰で絶賛黒歴史を更新してる気がするわ」
「慣れないこと?」
「私、こうやって誰かに弱みを見せるの初めてなのよ。それこそあの二人や母さんにもした事ないもの」
「そうなの!?」
その発言には本気でビックリした。
「ええ、だって母さんには心配かけたくないし、あの二人はそんなタイプでもないもの。それに誰かに弱みを見せるなんて絶対にしたくないし、あの二人は───」
そう言って飲み込んだ言葉。
恐らくはそんな話をしたら自分が対等な立場に居られないと思うのだろう。
実際にはあの二人ならそんな考えにはならないと思う。それはきっと星宮さん───紫音もわかっているだろうが、ここまで話をした感じではきっと、自分がそう感じてしまうのだろう。
「むぅ。そうやってわかった顔されるのムカつくわね」
「理不尽が過ぎません?」
「冗談よ。後はそうね。身近になんの生産性もなく、なんの解決もしない甘い言葉を囁きたがるクズがいるから、私も気を張ってるのよ」
「あぁ……」
なんも言えん。
「甘い言葉って毒よね。弱ってる時は本当にすがりたくなるもの」
「確かにね」
父親が死んだ時、同じようなことがあったから分かる。
「私、あの二人と違って弱いから、弱ってる時にそんな事されたら、甘えたまま素の自分に戻れる自信がないのよ」
うーん確かに、紫音がそのタイプかは知らないけど、普段気の強い人間は折れると弱い人は多い。
「あの二人は意外と芯が強いから、その辺も少し劣等感あったりするのよ?」
「そうなんだ」
その言葉には少し驚く。
どちらかと言うと二人を引っ張ってるイメージの方が強いからだ。
「まあ、普段はこんな事言う気もないんだけど、たまにこうやって吐き出したくなる時があるのよ。だから、こうやって聞いて貰えてスッキリしたわ」
「役に立てたなら良かったよ」
「それにしても、最近、真白が嬉しそうな理由がわかったわ」
「その心は?」
「だって、自分が抱え込んでたものを吐き出せるのって凄くスッキリするもの。少なくとも私は今、理人に感謝してるわよ」
晴れ晴れとした顔で言う紫音。
「だから……私も、時々貴方に愚痴っても良いかしら?」
「お好きにどうぞ。聞くだけならいくらでも出来るからね」
「ふふっ、それで十分よ。……ありがとう」
最後に小さくお礼を言った紫音は勢いよく立ち上がる。
「さあ、ダラダラと喋っちゃったわね。そろそろ帰りましょうか」
「そうだね」
こうして俺は再度、紫音を家まで送って帰路に着いた。
家に帰ってからメールを確認する。
『お返事まだ〜?』
『なんか知らないところで、フラグが乱立してる気がする!?』
などと、蒼月さんから大量のメールが来ていたので、またもや記憶にございません、とだけ返しておいた。
今日一日で複数のイベントをこなした気がして、疲れた俺は早めに寝ることにした。
ちなみにスマホはその後もずっと震えていた。
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