24話 私も自慢の母親よ
星宮さんの家に向かって出発した俺は、案内に従いながらバイクを運転する。
蒼月さんと陽向さんの家は近かったが、星宮さんの家は二人の家の真逆の方向だった。
「後はあそこを曲がってそれで……いや、フェアじゃないわね」
「ん? あそこ曲がるんで良いんだよね?」
「ええ、曲がったら少し行って左に入ってもらえる」
「了解」
何か言いかけた星宮さんの指示に従い、進んで行くとアパートの前に出た。
二階建ての全十二室ほどのアパートは、お世辞にも良い建物とは言い難い。
「オンボロでしょ」
「そうだね」
星宮さんの言葉に同意すると少し驚いた顔をされた。
「こういう場合はそんな事ないとか言うものじゃない?」
「かもね。けど、それは住んでる人間が一番わかってるだろうし、何よりあんな所に住んでる奴が心にもない事言ったら、ただの嫌味でしかないでしょ」
「フフッ、確かにそうね。そんなあからさまなお世辞なんて言われたら、信用出来ない人間として心に刻む所だったわ」
「普通の会話に即死級トラップ仕込むのやめてくれません!?」
全く、油断も隙もない。蒼月さん達もそうだけど会話にトラップ仕込むのやめて欲しい。いや、マジで。
「冗談よ。それよりも今日はありがとう。それと……これからよろしく」
「どういたしまして。合わないと思ったら無理に続ける必要はないからすぐ言って」
「ええ、そうするわ」
「あれ、紫音ちゃんが彼氏連れて来てる~」
そんな声と共に星宮さんに抱き着いて来た女性。
少し幼さが残る大学生くらいの容姿に、今度は星宮さんのお姉さんか? と当たりを付ける。
そして星宮さんはと言えば、やってしまった感溢れる苦々しい顔をしながらため息を吐いていた。
「えっと、星宮さんのお姉さん?」
「なっ!?」
「まあ! まあまあまあ、紫音ちゃんこの子とってもいい子だね〜」
「ちょっと天城くん。調子乗らせる事言わないでくれるかしら」
「え~、紫音ちゃんヒドイ~。天城くんっていうの? 初めまして紫音ちゃんのお姉ちゃんの、星宮麗奈で〜す」
「違うでしょ母さん!」
「……は、母親!?」
嘘だろ!? どう見ても大学生程度にしか見えないぞ!?
「もう、すぐバラしちゃうなんて紫音ちゃんの意地悪」
そう言ってむくれる麗奈さんはとても幼く見える。どこぞのお嬢様と言われても納得する雰囲気が、余計そう感じさせるのかもしれない。
「それにしてもあの紫音ちゃんが、高校入学してこんなに早く彼氏を連れてくるなんて、お母さん嬉しいなぁ」
「ちょっと、彼はそんなんじゃないわよ。ただの友達」
「キャ〜、彼だなんて紫音ちゃんも大人になったのね」
「聞け! 違うって言ってるでしょ!?」
ギャーギャーと言い争う光景は姉妹喧嘩にしか見えず、二人並ぶと、恥ずかしさを堪えつつ、嫌そうな顔をする星宮さんの方がむしろ姉に見えるほどだ。
「ねぇねぇ。彼氏君はなんてお名前なのかしら?」
「えっと彼氏ではないのですが、天城理人って言います」
「理人くん。良いお名前ね」
「ありがとうございます」
「ちょっと、人の事無視して話し進めるのやめなさい。天城くんもいちいち答えなくても良いわよ」
「ねぇねぇ。おばさん、二人とも苗字呼びなんて距離感あると思うの。せっかくだから二人とも名前で呼びあってみれば?」
「駄目ね。相変わらず人の話なんて聞きゃしない。はぁ……その、天城くん。悪いけど少し付き合ってくれる?」
おずおずと申し訳なさそうに言う姿に少し驚きながら、大丈夫だと伝える。
「悪いわね、ありがとう。その……えっと……り、理人!」
……うん。クール、綺麗系な同級生が恥ずかしがりながら俺の名前を呼ぶとか、帰り道事故らないように気を付けよう。
「俺も紫音……さん? で良いのかな?」
やばい照れる。
「ぅ……」
俺が名前を呼ぶと顔を赤くして星宮さんが俯いてしまった。
失敗したのだろうか?
「な、なんでもないわ」
「良い! 二人とも凄くいい! 紫音ちゃんも理人くんも可愛い。はぁ~、おばさんももう少し若かったら良かったのに」
いや、見た目十分お若いです。
「本当〜に、この人何言ってんのいい歳して。ほら、早く仕事に行かないとそろそろ出勤時間でしょ。はやく行きなさい」
「ええ~、紫音ちゃんお母さんにキビシイ。でも確かにそろそろ時間だし……うう、理人くん絶対また遊びに来てね。その時はゆっくりお話しましょうねー」
ぽてぽてと擬音が聞こえそうな走り方で去っていく麗奈さん。走りながら手を振っているのが、コケそうで危なっかしくて、見ていてハラハラする。
「はぁ……全く。この後まだ時間ある? お詫びにジュース奢るわ」
お詫び───とは言ってはいるが、なんとなく話したい事がありそうな気がする。
俺はその提案を受け入れ、歩いて数分の所にある公園で一休みする事にした。
「はい」
「ありがとう。……今日だけで二本も奢って貰うとは思わなかった」
「フフッ、本当ね。自分で言うのもなんだけど、珍しいのよ私が誰かに奢るなんて」
「そりゃ貴重な体験だ」
冗談に冗談で返すと、星宮さんは「……いい歳して子供っぽいでしょ」と切り出した。
「まあ、確かに……でも、良い母親だと思うし、星宮さんもそう思ってるでしょ」
「ええ、少し苦労もあるけど、ここまで育ててもらってるもの。私も自慢の母親よ」
私も───とは俺が両親を自慢と言ったからだろう。
「でも、周りにとっては違うのよね。少しだけ聞いてくれる?」
これは多分、俺が自分のことを話したからというのが大きいのだろう。
だが、それでも星宮さん自身が話してくれると言うのなら、俺の答えは決まってる。
「俺で良いなら」
「天城くんはわかったかもしれないけど、私の母さん夜の仕事してるの」
その言葉に俺は頷く。
子供っぽく、世間知らずのお嬢様のような雰囲気の人が、ボディーラインの出る服を着るミスマッチ感は、どこか無理をしているような感じがしたからだ。
「それに離婚もしてて片親で、今はそんな事ないけど昔は色んな理由で避けられてた」
それは分かる。
人は人と違うことをする人間を忌避する。
俺はそう思ったことはないが、そういう仕事に偏見を持つ人間にとっては、母親というだけで余計に悪意を向ける理由になるのだろう。
だから、子供は関係ないと知りつつも近寄らせない、下手をしたら親への暴言を子供に刷り込む人間もいるだろう。
「だからね。私の周りに居たのは昔から母さんの友達だった人の娘の二人だけ。他の子は私を避けて、陰口も叩かれたし、表立って貧乏だなんだともよく言われたわ」
独白のような言葉を静かに聞く。
「だから私はそいつらもその親も、世間全てを黙らせる為に、一番わかりやすい勉強の成績を上げて、文句を言う奴らを全員叩き潰したわ」
そうして星宮さんは実力で周りを黙らせた。
しかし人の悪意はそれだけでは止まらない。
親も自分も馬鹿にされないために頑張った星宮さんに、世間は標的を親───麗奈さんだけに絞った。
親と違って立派だ───と。
麗奈さんを馬鹿にされるのを嫌って頑張った星宮さんを嘲笑うように、一番守りたいものを攻撃してきた。
「それじゃあダメだって知った。それだけじゃ足りないってわかった。だから私はお金が欲しい。今母さんがあの仕事をしてる一番の理由が身入りが良い仕事だからというのが大きいから」
「なるほど……それで、最終的にどうしたいんだ? お母さん……麗奈さんの仕事を辞めさせたいのか?」
「……もし、そうだって言ったら?」
「そうだね」
少し考えるがやはり俺の中では答えは一つしかない。
「協力する気はない」
もしかしたら憎まれるかもしれない。
そう思いながらも、俺はハッキリとそう口にした。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は紫音の家と、母・麗奈さんの話でした。
紫音は冷静で大人びた子ですが、そうなった理由の一部が少し見える回になっています。
母親のことを恥じているわけではなく、むしろ自慢している。
だからこそ、周囲からの言葉や視線に対して、ずっと戦ってきた子です。
そして最後の理人の「協力する気はない」。
冷たく突き放したわけではありません。
理人がなぜそう言ったのかは、次回でしっかり書きます。
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