ついおくよん
あの花の匂いはどこで嗅いだのか。
それを思い出す前にリヒトーは過去の記憶を夢として見る。
◆◇◆◇◆
「季花はいる?」
「いないよ。」
「本当に? ここに入ったって聞いたんだけど。」
「さっき出て行ったよ。要件がそれだけなら出て行って。仕事の邪魔。」
「分かったよ。」
扉が閉まる音がしてからしばらく経った後、リヒトーはソファの下から這い出て来る。
ソファの下はこまめに掃除がされているためリヒトーの体に埃はさほど付いていない。
「行ったか。」
麻井がカップ二つにインスタントコーヒーを入れ、一つはリヒトーに渡しもう一つは麻井が口につける。
「前から気になってたけど陽斗と何かあったの? 情熱的な出会いとかしちゃったり?」
「好かれるような事は何もしていない。なのになぜか剪定士になる前から付きまとわれている。」
リヒトーはうんざりとした様子でコーヒーを片手にソファへ座る。
「陽斗って芥薬の一人息子じゃん。落ち目だけどぎりぎり玉の輿いけるよ。」
「冗談はよせ。あんな奴と付き合うくらいなら死を選ぶ。」
「だよねー。分かるわー。」
リヒトーは心底嫌そうに眉間に皺を寄せコーヒーを飲む。
「あたしもあいつの事嫌い。だってあいつリヒトーの事ペット扱いしてるように見えるんだもん。」
「あそこまで執着される覚えは無いがな。」
「あと陰であたしの悪口言ってんのよ。女のくせに品が無いとかでしゃばりすぎとか。あたしが大活躍してるからって嫉妬するなんて器の小さい男。大金積まれたってあいつの事好きになんかならないっての。」
「同感だ。」
コーヒーが冷めない内に飲み干しカップを近くの台に置くとリヒトーは麻井の研究室から出ようとする。
「今日もパトロール?」
「そうだ。」
「例の人型吸血花に出会えたらまた髪の毛取ってきてよ。あれ、良い研究材料だよ。」
「できたらな。コーヒーありがとう。カップの片付けを頼む。」
「あいよー。」
リヒトーは麻井の研究室から出た後、陽斗と鉢合わせにならないよう気をつけながら外に出た。
◆◇◆◇◆
夜。
この日はやや曇り気味のため月明かりが雲によって隠れてしまうため視界は悪い。
一般人なら懐中電灯のような明かりが無ければ移動がままならないが、リヒトーは剪定士になった時に視力も強化されており暗い所でも難なく移動ができる。
廃墟が並ぶ街を歩き、目的地に着いたリヒトーは辺りを見回す。
「いた。」
目的の相手を見つけたリヒトー。
目的相手はリヒトーが来た事をすぐに気がつき駆け寄る。
「リヒトー。」
例の人型の吸血花だ。
両手で絵本を持っている。タイトルは《オオミのだいぼうけん》だ。
「読んで。」
吸血花は絵本をリヒトーに差し出す。
「またか。この前も読んだろ。」
「これ好き。」
「分かった。」
二人はその場に座る。
リヒトーは絵本を開いたが月明かりが無いため暗くて文字を読めなかったため持ってきていた鞄を開けて中から懐中電灯を取り出した。
「あるところにオオミという名前の魔法が使える少女がいました。」
明かりをつけて絵本を照らしながらリヒトーは読み上げた。
このビルでリヒトーと吸血花が出会って以来、リヒトーはパトロールのついでに吸血花に絵本を読む事になった。
なぜ敵対している吸血花にこのような事をしているのか。
実はリヒトー自身もよく分かっていない。
二度目に会った時に殺し合いをしていたにも関わらず。今はおとなしくてもいつ敵対するか分からないのに。リヒトーはパトロールのたびにビルにやって来ている。
日によってはいない事もあるが、吸血花がいる日はせがまれるがまま絵本を読んでいる。
「今日は、会えた。読んでくれてありがとう。」
リヒトーが絵本を読み終えた後、吸血花はそう言った。
リヒトーが読み聞かせをした影響か吸血花は最初の頃と比べて流暢に喋れるようになった。
「もっと読んで。」
吸血花は別の絵本を渡そうとしたがリヒトーはそれを手で制する。
「前に言っただろ。絵本は一日一冊だけだと。」
初めて絵本を読み聞かせた日、最初に渡された絵本を読み聞かせ終えたら別の絵本を差し出され、それを読み聞かせたらまた別の絵本を差し出される。
一晩中絵本の読み聞かせをさせられそうになったリヒトーは吸血花に再びここに来る事と、会えた時は一冊絵本を読む事を約束させた。
そうでもしないと延々と読み聞かせをさせられると思ったからだ。
「でもリヒトー。来ない日がある。」
「自分は暇じゃない。それにお前だって来ない日がある。」
「すれ違うの。やだ。」
吸血花は寂しそうに顔を俯かせる。
「それならちょうど良いのがある。」
リヒトーはリュックサックを開け中を見る。
リュックサックに入っている薬や携帯食品に水とタオルなどが入っている。
それらを掻き分けて用意していた物を見つけ出すと吸血花に渡した。
「何これ?」
「時計だ。」
渡したのは片手で持てるくらいの大きさの置き時計だ。
黒いデジタル時計で時間の他に室温や日付も表示されている。
「お前にやる。太陽光で充電ができて丈夫なものだ。そう簡単には壊れないはずだ。」
シーダは渡された時計をまじまじと見る。
「…これ、プレゼント?」
「そうなるな。どう使うかはちゃんと教える。時間の読み方を覚えれば絵本の読み聞かせをする日が増えるが、いるか?」
リヒトーがそう言うとシーダは嬉しそうに顔を緩め時計を大事に抱える。
「ありがとう! リヒトー。」
嬉しそうに笑うシーダを見てリヒトーもほんの少しだが表情を緩める。




