74影の仕組み
甲冑男には、どうやら長射程の武器はない様子だ。
井口は、奥でレディがせっせと閉鎖された防護扉に爆発する振り子を打ち込んでいる通路の入り口で、3羽のカラスを操って甲冑男を牽制していた。
甲冑男はとてつもない防御力を持っているらしいが、甲冑だからなのか動きは鈍かった。
剣を振ってカラスを追い払おうとしているが、スピードのあるカラスに対応できてはいない。
だが、空振りした剣がコンクリートの壁に突き刺さると、バスケットボールぐらいの穴が、ゴロン、ゴロンと開いていく。
その井口の横に、小田切誠が地下通路に足音を響かせて走ってきた。
肉眼で見ると、甲冑男は巨大だった。
身長は2メートル30とか、そのぐらいはありそうだ。
接近戦に持ち込まれたら、とても敵わないだろう。
誠は透過しようと、井口より前に出るが、
「下がりなさい、誠!」
誠の背後から美鳥が出て、言った。
井口のカラスは数百メートルの射程があるが、誠の透過はせいぜい30メートルであり、しかもこのパワータイプの甲冑男をきちんと落とすためには、もう少し、20~25メートルまで接近したかった。
美鳥は誠を後ろに下がらせると、芝離宮でも使った蝶のミサイル、を発射する。
美鳥の周りにワラッと蝶が舞い、一瞬でミサイルの形に固まった。
そして、美鳥は甲冑男に向かって、蝶のミサイルを発射した。
ミサイルは50メートルを飛んで男の近くで数百の蝶にほどけ、甲冑男にベタベタと貼り付いていく。
関節可動部、剣、そして顔にべたべたと蝶が貼り付き、美鳥が二発、三発とミサイルを撃ち込むと、それは巨大なファラオのような、黒い塊に変わっていた。
動きの止まった甲冑男を、誠がコンクリートに落とす。
が、距離が足らなかったのか、男の首は地上に残っていた。
「誠!」
美鳥が攻めるように言うが、高屋が。
「ええやん。
もう、すっかり動き、止めたんやから。
それより、先行こ」
と前に進もうとするが、誠が止めた。
「待ってください…。
この人、自分で落ちないように、踏ん張っているんです…」
えっ、と男を見る高屋の前で、美鳥の影が、ビリビリと破かれていった。
何か、影の尻尾のような、黒くて長く、自在に動くものが、内側から美鳥の影を破ったらしい。
そして…。
甲冑男の背中から、同じく影の尻尾のようなものが何本か出てきて、ミシリ、と甲冑男の体を、持ち上げていく。
「あ…、あれ…」
影の尻尾と見えていたのは、男の剣が枝分かれした物のようだった。
「あれを広げて、落ちないようにしていたんだ…」
誠は呟いた。
コンクリートに大きな穴をあけ、男が穴から這い上がってきた。
「長射程攻撃はないが、頑丈で馬鹿力か…」
井口は囁いた。
日の出桟橋に浮かぶ水上バスに、海野と青山は手漕ぎのゴムボートで近づいていく。
船に接近しても、敵側に何の反応もなかった。
海野はゴムボートを船につけた。
青山は、用心深く水上バスに乗り込んだ。
寝ている…。
そう青山は感じていた。
普通、何人もの人間がいる場合、夜間であっても、眠りの深浅や、体調などもあり、そんなに統一した精神の波長にはならないものだが、今は、皆が同じ薬を飲まされたかのように、等しく安定した微睡の中にいた。
スタスタ歩いていく青山に、海野が慌てて追いすがる。
海野は、スーツに隠したホルスターから、小型の銃を取り出していた。
バスの扉に、カギはかかっていなかった。
年齢も性別もまちまちな、18人の人質は、皆、寝崩れるように深い眠りの中にいた。
「マッドドクターも、レディもカブトも、ここにはいません…」
見なくても判ってはいたが、バスを見渡してから青山は海野に告げた。
催眠術を使う影繰り、という話だったので、万が一レディなども眠らされている可能性もあったからだ。
海野が永田に報告すると、永田は青山に、何が起こったのか探ってみてくれ、と要請した。
青山は、近くで本当に寝入っている、OL風の女性に近づいた。
寝ている精神に入るのは、実は難しい。
尋問をしている場合、海野が質問者の頭に情景を浮かびやすく話を持って行ってくれるので、質問者はストーリーを頭に既に浮かべており、青山をそれを拾っていけばいい。
だが深く寝入っている人の心は、無数の深層心理の縦糸、横糸が絡まって、脈絡がないからだ。
OLの心も、幼い頃の少女がいたり、会社のストレスとおぼしき闇が広がっていたりと、とりとめがなく、不意に…。
白いスーツの男性が、水上バスの船首側にスタスタと歩く情景にぶつかった。
白髪の老人だ。
青山の見た、マッドドクターに間違いなかった。
「皆さん、本日は世界的なマジシャン、ウォルト・トーガゥスンさんが水上バスにやってきました」
わぁ、と乗客は無邪気な歓声を上げた。
白いスーツの男は、深々と一礼すると、いかにも手品っぽく、思わせぶりに右手を差し上げた。
乗客の視線が、老紳士の右手に集中した。
次の瞬間、ストロボのような光が、マッドドクターの右手から発光した。
手品でよくある、一瞬で消える炎のようだった。
その瞬間。
影が入り込んできた。
わ…、判ったぞ…。
青山は思った。
光が強ければ、強いほど、影が入りやすくなるんだ…。
影能力ゆえの仕組みなのか、マッドドクターの影は、光の中に身を隠し精神に忍び込むものらしい…。
青山は、ぐらり、と倒れて、海野が慌てて青山を抱きとめた。




