73日の出桟橋
日の出桟橋では、青山一郎が警察上がりの尋問の達人、海野と共に、沖に浮いた水上バスを見つめていた。
青山一郎は影繰りだが、戦闘要員ではない。
今のところは…。
新しく教官に付いたアクトレスからは、ボクシングを始めとする様々な戦闘テクニックも教わっていた。
「まぁまー、いい体してるじゃないか青山君?
戦いながら、人の心が見えないのかい?」
もし、それが出来れば近接戦闘においても相当の使い手になれる、とアクトレスは語り、青山も頷いた。
青山は最近影繰りになったばかりだったので、2つ年下の小田切誠と一緒に訓練をすることが多かった。
小田切は、全てを透過してしまう凄い能力を持っていて、しかも影の手、という強いのか弱いのか判らない技も使える、言ってみればサラブレットだ。
ただ運動自体は、それほど得意という訳ではないらしく、体型も貧弱だ。
同じ中三や高一でも、青山が見上げるような体型の奴は少なくない。
小田切は、懐いているらしい川瀬美鳥と、ほぼ同じ身長で、体も細い。
ただそういう体つきにしては、力が強かったり、青山と同じメニューをこなすスタミナが備わっていた。
野生種か…。
多くの影繰りは影繰りの中から生まれるのだが、ときに全く関係のない遺伝の中から、影繰りが現れることもあった。
そして、何故なのか、そういう人間の方が、強く、しかも意外性のある能力を持っている場合が多い。
透過、というのもこの世の常識を全く無視した能力だ。
どんな頑丈な壁も小田切の前では障子ほどの遮蔽性もなく、また対戦相手として戦ってみると、ガードをしても顔にパンチが当たるし、青山のパンチは全く当たらない。
何週間か前には哨戒艇に乗り込んで密漁船の拿捕をしたという。
敵に影繰りが用心棒でついていたので、小田切とアクトレス教官が乗り込んだのだが、敵影繰りは、小田切が甲板に首だけ出した状態に落としてしまい、あっさりと仕事を片付けた、という話だ。
あーゆー派手なのと同期になるとはなぁ…、と青山一郎は溜息をつく。
性格は大人しく、華々しい成功をしても別に天狗になるでもない、青山も同期というよりは高校二年生として敬意を払って会話もするし、いい奴なのだが、今回が初の実戦で、しかも戦闘部隊からは外されている自分と比較をすると、つい、妬ましい気持ちも湧いてくる。
その小田切が乗り込んでいるムーンライト号は、青山の目の前を過ぎて、今は勝鬨橋を通過して隅田川にいるという。
青山は、ただ川の水にたゆたうだけの水上バスを、ひたすら眺めていた。
「おかしい…」
青山は、しばらく前から違和感を感じていた。
青山のように人の心を見る影繰りは、例えば電車に乗ったり、人混みを歩いたりすれば、どうしても雑多なイメージが頭に飛び込んでくるものなのだ。
だが、あの水上バスからは、一切、イメージが感じ取れない。
真夜中のホテルでも、もっと騒がしいのが普通だ。
「あの…、海野さん…」
青山が話すと、尋問官として内調に雇われてはいるものの、元々は刑事として十五年のキャリアを持つ海野は、少し目を細めた。
「そうだな。
俺も、ちょっと静かすぎる、とは思っていたんだ」
海野は永田に連絡し、そして戦闘能力を持たない影繰りと元刑事は、防弾チョッキに身を固め、日の出桟橋からゴムボートに乗った。
「なんだあれは!」
誠と井口は、同時に叫んでいた。
「どうなっているの?」
井口は早速戦闘に入っていたので、誠が美鳥たちに説明した。
「あの…、甲冑ってありますよね。
外国の鎧兜です。
敵は、全身を甲冑に包み、手にはフェンシングみたいな剣を持っているんです」
井口は、三羽のカラスで巧みに相手の隙を突き、目や背中、首回りなどの弱点になりそうな部分を攻撃するのだが、甲冑に全てを阻まれていた。
「井口さん。
僕が落とします!」
言うと誠は井口の殺した男が倒れている通路に走り出ていた。




