63ラストダンジョン
キッズルームのオフィスに、1人の男が座っていた。
この位置、そして複数のパソコンを操っていることからして、彼がドールマスターに違いなかった。
誠の透視は、遠くのものを大きく見るような機能はなかったので、男の人相や年齢までは判らない。
身長骨格から、子供や老人ではないだろうことは類推できた。
男は、偶然か、必然か、ちょうどオフィスの窓から誠の方向を見ていた。
誠も男を見つめた。
目が合い、男は、誠に気づいたかどうかは判らなかったが、視線を落としてパソコンを叩き始めた。
僕が透視を持っているかどうか、ドールマスターは知らないと思う。
だがドールマスターがキーボードをいじり始めたのは、おそらく。
射撃系の人形を集めているのだろう。
ともかく、誠には射撃系の攻撃を続け、いつか被弾さえすれば、影が纏えていないので誠の戦闘能力は大きく低下する。
そういう操作を行っているのだ。
誠は周囲を見回した。
今、一番しなくてはならないのは、あの黒いボールを落とすことだ。
おそらく、あのボールがドールマスターのパソコンとコンピュータ制御の人形を繋ぐ中継器であるはずだった。
ドールマスターとの距離も近づいているので、もしかしたら中継器がなくとも動くかもしれなかったが、それでも意味はある。
お前の手の内は判っているんだぞ、とドールマスターにメッセージを送れるからだ。
少しでもドールマスターを追い詰め、美鳥への負担を軽減する。
それが今の、誠の仕事になるはずだ。
だから周りを見るんだ!
誠は、後頭部に影の目も出して周囲を見た。
微かにも動くものがあれば、絶対に見落とすことなく、発見するんだ。
奥の下着売り場で、壁に吊るされたブラジャーが、微かに揺れた。
誠は影の手を伸ばし、天井に貼り付いた。
どんっ、と銃声がして、誠のいた場所に弾丸が走り、アメリカ製アニメーションの有名キャラクターの人形が、破裂した。
誠は天井を走り、ブラジャーの影に設置された射撃装置を海に落とした。
それは、スチール製の展示戸棚にネジで固定する、シンプルな台座にプラスチック製の自動小銃、通称トイガン、を取り付け、方向と高さを調節できるようにした単純な機械だった。
おそらく、そういう物が至る所に配置されているはずだ。
ここはドールマスターのラストダンジョンなのだから。
誠の位置では、射程の短い透過を、直接ドールマスターに使うことはできない。
また…。
キッズルームにいるあの男が、本当にドールマスターなのかどうか、誠は確かめる術がない。
そのためにも、誠は美鳥と合流したかった。
この船に乗っている生きた人間は、誠の認識では仲間の影繰りか、敵だと認識しているが、しかしこれだけの豪華客船だ。
生存者がキッズルームに隠れていた、等という事も、全くないとは限らない。
もちろん可能性はごく低い。
何より、それだと、誠は空中で胡坐をかき、床に沈んだり天井まで飛び上がったりしている妖怪かエイリアン、とでもいうような化け物になってしまう。
そんなものを見て、冷静にパソコンに視線を戻して作業を続けられる、とは考えにくい。
100%、少なくとも影繰りではあるはずだが、仲間の影繰りだったら何らかのコミュニケーションがあるはずだし、互いにスマホも持っている。
残念ながら影繰りになって1か月の誠は、今日一緒にムーンライト号に突入した57人を、全員知っているわけではない。
相手は誠を知っているようだが、誠は、普段接している美鳥やレディ、青山や井口以外の大人の影繰りを、僅かしか知らなかった。
敵の影繰りか、さもなくば、目が合ったと思ったのは誠だけで、誠を目視できていない一般人なのか?
あるいは…。
あれもまた、ドールマスターの人形の一体なのだろうか?
居場所が判った以上、誠単独でも攻撃に行くべきなのか、それとも美鳥を待つのか…。
逡巡を続けた誠だが、美鳥の蝶がいることを思い出した。
「美鳥さん、あのキッズルームにいる奴が…」
誠の問いに、美鳥は躊躇なく答えた。
「そうよ、誠。
よく気が付いたわね。
ただ、慎重に行動しなさい。
敵にしても、限られた感知能力だけで戦うのと、目視できる相手と戦うのでは訳が違うわ。
でも誠、可能なら奴を殺しなさい。
今、この瞬間にも、仲間が殺されていることを忘れないで…」
誠は、生唾を飲み込んだ。




