61決断
本当にA11ポイントに向かうのは、美鳥さんの体制が整ってからだ。
だけど、だからと言って止まっていれば、格好の狙撃チャンスを敵に与えてしまう…。
だから誠は、動き続けなければならなかった。
無論、その間に一体でも敵の人形を減らす必要はある。
だけど…。
誠は逡巡していた。
ポップコーンまで人形として操れる影繰り相手に、果たして人形の数を減らすことが、どれほどの意味を持つのだろう。
ドールマスターは、おそらく、そうする気になれば、目の前の、謎のバットまがいの棒を構え、多分来る球を打とうと待っているらしいマネキンも、自分の人形として操れるはずだ。
可動範囲や、どれだけ滑らかに動けるのか、などは、事前に手を加えているか、とか重さやバランスの問題などもあるのだろうが、誠という、未熟な影繰りを1人、この場で殺せばいいのであれば、それはさして問題になるまい。
ボーガンの矢も跳ね返せない、素人同然の影繰りなのだ。
誠がドールマスターだったならば、たぶん不意を衝いて、同時に攻撃を仕掛ける。
それを凌げたとしても、きっとボロを出すと思うので、波状攻撃を繰り返せば、おそらく。
そう何分も持たずに、この餓鬼は臨終になるはずだ。
ドールマスターが、それをしないのは、ひとえに他の影繰りがいるためだった。
57人の影繰りが乗り込んでおり、吉井一曹は殺されている、とのことだが、まだ他の影繰りが残っているので、誠一人を集中攻撃する、という訳にはいかないのだ。
だがそれも、美鳥と誠がドールマスターに接近している状況では、優先順位が変わってくる。
まず己の身の安全を図るのは、誠たちも、ドールマスターも同じことだからだ。
すると、ドールマスターは本気で僕の抹殺にかかる…、ってことかな?
誠は考えた。
だけど、もしかすると美鳥さんを倒すことを優先させるかもしれない。
誠は空中で胡坐をかいたまま、ゆっくりスポーツウェアを着たマネキンたちの方に進んでいく。
つまり、僕は最初に考えたように、守りがボロボロなのは見抜かれてしまったから、いつでも殺せる、と考えておかしくない。
そして美鳥さんの蝶が、ドールマスターの居場所を唯一感知している、のは今までの流れで推察できているとすると。
僕が、ただ位相的に近い位置にいても、あまり、そこに実は意味はない。
A11の場所も何も知らないのだから。
壁一つ挟んでいただけで、ドールマスターにしてみれば、小田切誠の脅威は、ほぼ無きに等しいはずだ。
真に恐るべき敵なのは、実戦経験も豊富な川瀬美鳥だった。
だから僕にできることがあるとすれば…。
と、誠は、つい夢中になり、親指の爪をカリッ、と噛んだ。
ドールマスターを焦らせるような、こいつも判っているのかもしれない、と錯覚させるような行動をとればいい。
だが…。
どうすれば、本当は何も判っていないことを、知ってる風に振舞えるんだ?
誠は考え、結論付けた。
そんな演技力は僕にはない。
残念ながら、僕に、いわゆるトレーディングカードゲームで言うところの、ブラフ、を使うのは無理だ。
だから…。
出来ることは、本当に知ることだった。
僕だって壁の透視はできるんだ。
そして、ドールマスターが先にいることも、場所は近いことも知っている。
美鳥さんが言うのを、待ってるんじゃいけない!
誠も敵の居場所を発見するのだ。
そうすれば、多分…。
演技じゃなく、本当に知ったのならば。
それはドールマスターも気づくだろうし…。
唯一、ドールマスターという、57人を同時に相手にできるようなエリート影繰りを、影も満足に纏えない素人の僕が、ヒヤリ、とさせられるはずだ。
誠は、マネキン人形の先、キッズルームと書かれた、幼児用遊具のたくさん並んでいる部屋の壁を、透視した。




