57危険な技
銃か!
ゆっくりと上半身が回転して、下半身とは真逆の方向を向き始めていた。
誠に、マネキンの顔が見えてくる。
なんにせよ動く人形などは、どのみちドールマスターの支配下にあるのだから落とせばいいのだが、しかし影能力の使い過ぎには注意が必要だ。
誠が動かなくなれば、自分だけではなく、一緒に戦っている美鳥にまで被害が及ぶ可能性があるのだから。
マネキンの両手は、微妙に開かれた状態で動かなく見え、銃などは手にしていないが、ドールマスターの人形でありば、体のどこかに武器を内蔵している可能性も十分にある。
だが、それならば、わざわざ敵の目の前で回転しなくとも良いのではないのか? という、疑問が残る。
誠は影の目に開眼していて、背後も見えるようになっていたが、おそらくそこまでドールマスターは気づいていまい。
誠が通り過ぎてから、ゆっくり回転すれば、不意を突いて攻撃ができるはずだった。
誠は空中で胡坐をかいた姿勢のまま、眉をひそめた。
意図は、あるはずだ…。
マネキンはゆっくり誠の方に顔を向けていく。
あ…。
誠は突然、気が付いて自分が床下に落ちた。
同時に、三方向から銃弾が発射された。
落下する誠の耳に、至近距離の銃声が爆音のように響いていた。
あ…、危なかった…。
床の下から、誠は俯瞰像を見た。
下着に気を取られていたが、その背後に上半身だけのマネキンがおり、その顔が砕けていた。
顔の内部に銃が仕込まれ、撃つと共に、顔は砕ける仕掛けだ。
また、奥のストッキング売り場の商品棚にも、銃器が隠されていて、今、ストッキングはバラバラに弾け飛んで、空中を舞っていた。
誠の前、回転するマネキンの背後の水着売り場でも、カラフルな水着が粉々になって、その奥に銃器が固定されているのが分かった。
残弾はあるのか?
誠は床下で考えていた。
俯瞰で見られるとはいえ、別に拡大するような便利な機能があるわけではないので、銃器の種類までは判らない。
だが市販の銃器を改造したものならば、オートマティックピストルだとして10発程度の残弾はあっておかしくはない。
むしろ、一発だけ弾丸を発射する装置を自作する、方が何倍も難しいだろう。
残弾はある、と考えるべきだった。
影能力は有限だが、ここは床下を移動するしかないか…?
誠は迷った。
自分の能力の限界値が、今の誠には判らない。
練習では、かなり使っても限界には達しなかった。
しかも、秘密ではあるが、その時誠は、影の体を自分の体を重ねて、運動音痴を誤魔化し続けていたのだ。
そう考えれば、まだ十分影は使えそうだ。
だが…。
実践と練習は違う、とアクトレス教官に、口を酸っぱくして言われていた。
命のやり取りをしている最中では、想像よりずっと激しく力を消耗するものなのだ。
この、精神的スタミナのことを、クロ、と言うらしい。
陰力と書いて、くろ、と読む。
誠の陰力値は、大きいか、もしくは、透過や影の体が、使う陰力が少ないか、らしい。
透過も影の体も強い力なのだから、陰力消費も激しいいはずだが、人の体は、ゲームのキャラほど単純にはできていない。
凄く強い力を、寝ないで何夜も出し続けられる人もいれば、些細な力を、僅かな時間しか使えず、それでもヘロヘロに疲弊する人間もいる。
影繰りは、とても特殊な力なのだ。
むろん、使い慣れて、だんだん陰力の使用限界が伸びることもある。
あるいは、運動音痴が露見しないように、優秀な影繰りのフリをし続けていたことで、誠の引力値は、少しは上がっていたのかもしれない。
内調東京本部の中でも、誠の陰力値はとても高い、と驚かれていた。
そうして自分が、良い成績を出せば出すほど、誠も自信が生まれた。
体を使うことで、生まれて初めて人並より良い、と言われたのだ。
頑張りたいし、良いと言われ続けたい。
動くか…。
透過しながら、床下を影の体で移動する。
二つ同時に、しかも継続して能力を使う危険な技…。
だが、敵はおそらく、残弾があり、誠の落ちた場所を知っている。
多分、待ち構えているはずだ。
1メートル、出来れば2メートルぐらいは移動し、正常空間に戻りたい…。
誠は、決断した。




