53目
誠の持つ透過能力は、防御にも攻撃にも使える便利な力だったが、ただ一つ。
不意打ちには弱い。
まぁ、どんな人間の、どんな能力でも不意打ちには弱いのだろうが、誠は戦闘の素人であり、しかも運動神経が悪いこともあり、そもそも反射神経もとても残念な数値にとどまっていた。
小学生の頃から、他の子が好んで遊ぶような反射神経系のコンピューターゲームすら、ろくに遊べなかった。
周りに敵がいるのは判っていたのに!
しかし、体が反応できない、口惜しいが、それが誠の現実だった。
だから、出来るだけは頭で考えることで不利を補おうとしていた。
そう、誠は常に、出来るだけ多くの事を考えるように、この1か月を過ごしていて、それが良い方向に出てはいた。
今日、レディさんの行動を推測したり出来たのは、その賜物だった。
誠は、肩に矢が刺さったまま、影の手を使って倒れた体を引き摺った。
自分が怪我を負った時の事も、予め、考えていた。
怪我や痛みに我を忘れないこと。
敵が攻撃してきたら透過で、とにかく交わす。
羽根の代わりに鋭いナイフを胴体から突き出した鶏が、凄い速度で誠に突っ込んでくる。
そう…。
誠が怪我を負えば、その瞬間を狙って、敵は攻撃してくるに決まっている。
それは、とにかく全て透過するのだ。
鳥を、透過してやり過ごした。
すぐに再攻撃してくるだろうが、まず治療が先決だ。
これも、一通り考えている。
まず銃弾や矢、体内に入ったものは、透過して体外に出す。
それが一番、傷口を傷めずに済む方法だ。
だが、最小限、受けてしまった傷は、元に戻すことは誠には出来ない。
出血も止めなければならない。
これは、止血と感染症の防止を、最速で行い、被害を最小限に留める。
まず止血。
これは影の手という、便利な影を誠は持っているので、影の手を使って圧迫止血を行う。
影の手は、実は手足で四本、と決まっているわけではない。
1か月前の戦闘時、鴉に変身したアクトレス教官をコンクリートに封じるとき、誠は何十という手を同時に出していた。
止血では、これに意味が出てくる。
出血とは、破壊された血管から、血液と言う体液が体外へ流れ出てしまう肉体の疾患だ。
だから傷ついた血管を、1つ1つ小さな影の手を使って圧迫止血すれば、大きな失血は防ぐことが出来るはず、と予め誠は考えていた。
自分の体の中を透視しながら、血管を次々と止血していく。
誠は、躊躇わず、自分のブレザーを透過して落とし、Yシャツも透過した。
自分のYシャツで肩の傷の周りを縛り、感染症の防止に努める。
肩口なので、あまり目視は出来ないが、出血は最小限に抑えられているようだ。
そもそも僕は、殴ったり蹴ったりするタイプではないし、やっても決して強くもなく、運動神経も、影の体と重なってさえ、いいとこ平均点を稼ぐので精一杯だ。
だから、傷も負ったことだし、もう身体は動かさない。
前から、そう決めていた。
誠は、座り込んだまま周囲を見回した。
僕は、僕にできる戦いをすればいいんだ。
鶏の足音は聴こえていた。
速度を失わないよう、ブースを回って再攻撃を企図しているようだ。
頭上で、微かな鉄骨の軋みが聴こえた。
瞬間、誠は、透過で身を守りながら、影の手で数メートル、横にスライドしていた。
ハンマーが落ちてくる。
その一瞬で、誠は、天井についた傘のような足ごと、ハンマーを海底の底に落とした。
あと三体!
自分の視野が限られているのが、恨めしい。
運動神経や勘が鈍い分だけ、せめて視野が広ければ、もうちょっと戦えるのに!
影の手や足はあるのだから、影の目、とか、作れないものだろうか?
誠は、無数の影の手で必死に止血をしながら、周囲に気を配り、嘆いた。
影の手や足がある上に、影の体や目が、もっと言えば耳とかもあったら、僕の運動神経でも、まだ、もうちょっとは戦えるはずなのに…!
せめて美鳥さんの足を引っ張らないぐらいに…!
鶏が、突進してきていた。
ドールマスターは、決着をつけに来るはずだった。
ゾンビの足と、おそらく、最初に見た時、シルエットでゾンビの上半身になっていた、あのハンマーを海底に沈めてやった以上、これ以上の損耗はドールマスターの敗戦を決定づけるはずだ。
だから…。
鶏、幼児、第三の長射程人形の三体は、誠が対応できないよう、一気に攻めてくるはずだった。
影の目があれば…。
誠が焦って自分の心に叫んだ時。
誠の後頭部に、大きな1つ目が、縦に髪の毛を割るように、ぎょろ、と開いた。
同時に誠は、透視を使って、幾つかのブースの先を見ていた。
あ…。
あれが長射程人形か…。
それは、幼児の乗る三輪車に、ライフル銃を設置したような、特殊なマシンだった。
鳥、ボーガンの幼児、三輪車は、同時に誠に攻撃を開始していた。




