48自分の力
誠は思わず、ブースの影に屈みこんだ。
動く巨大人形の恐怖が、咄嗟に取らせた動きだったが。
ピュン。
頭上で、細い紐が、ブースすれすれを、横切った。
平らな机状のブースには、プラスチックのケースに入ったゲームソフトが、海外の流儀か、ややアバウトに並べられていたが。
その内の一つが、小さな足を生やして、自立していた。
その頂辺の一角から、どうやら釣り糸のような透明の紐を飛ばし、逆の頂辺で引き込むらしい。
この、超小型人形は、誠の首を、まさに絞めようと糸を飛ばしたのだ。
ぞっ、としながら誠は、この超小型殺人人形を、海の底に落とした。
ドスン、と誠は、その場に尻餅をついた。
何キロも走ったように、息が苦しい。
ブースに背を付けて、誠は恐怖に息を荒げた。
過呼吸と言ったか。
過度のストレスで、息を吸うものの吐くのを忘れ、結果的に肉体が酸素不足に陥って行く。
今まで一か月、訓練は受けてきたつもりだった。
だが、無数の、こんなファンタジックと言ってもいいような敵から身を守る術は、全く習っていなかった。
誠の周囲で、小さな者たちの足音が、パタパタパタ…、トトトトト…、と続いている。
美鳥さんを助けなきゃ!
と言う思いを、自分で、なんとか握り潰した。
あの人はプロだ!
きっと一人で切り抜けて、ドールマスターの元に向かうだろう。
今、誠がすべきことは、ここで座り込んでいることでは無く、自分の身を守ることだ。
僕が敵を引き付けられれば、結果的に美鳥さんも有利に戦える。
肩で息をしながら、誠は考えた。
タタタタタ…。
足音が、誠の周りを駆け抜けていく。
音で判断しよう、と思って耳を澄ますが、誠の聴力はいたって平凡だった。
こんな障害物の中、音だけで敵を見つけられる能力は、今現在の誠には無い。
どうしたらいい!
パニックになる中、透視! と思いついた。
誠は、自分が透過させようと思う先を見ることが出来た。
残念ながら、いくら努力しても、服を透けて素肌を見る、などと言うことは出来ない。
そして、さらに残念なことに、うっかりすると、レントゲンのような、恐ろしい画像を見ることになってしまう。
レントゲンは、まだリアルな透過像でないだけ、かなりマシなのだ。
普通に、陽だまりの花を見るがごとく生の、生きている筋肉や臓物が見えたりしたら、素敵な女の子、だと思っていても、思っているからこそ、二度とチャレンジする気分にはならない。
誠は、美鳥の内臓については、誰よりも知っている、と言ってよかった。
誠は、目の前のブースを透視した。
しばらくはただ、グリーンのカーペットが見えるばかりだったが…。
目を疑うものが、駆け抜けていった。
それは、翼の代わりに大きなナイフを両手に生やした、鶏だった。
その、鋭い爪が、トトトトト…、という足音を、立てていた。
爪はカーペットの毛を刺して床に刺さるため、独特の音を立てていたのだ。
…これは、接近戦用の人形だ…。
誠は、息を荒げながら、必死に考えた。
多分、後2体は、別の足音がしていたはずだ。
それはたぶん、遠距離用の人形だ。
この3体は、必ず誠が仕留めなければならない。
逃せば、美鳥の負担になってしまうからだ。
次は、2つのブースを、同時に透視する。
透視した瞬間、小型のボーガンを構えて疾走する幼児が横切った。
その靴音が、タタタタタ…、という乾いた足音を生んでいたのだ。
幼児の外観をしているが、殺人人形なので、幼児にはありえない運動神経で走っている。
走り方は、ほとんど陸上選手のように躍動的だった。
その違和感が、愛らしい幼児を、不気味で正体不明の異生物に見せていた。
たぶん、もう1体、どこかに…。
思った瞬間、誠は何かを直感した。
左に倒れ、ブースの影に飛び込む。
キュン。
矢だ。
あの、幼児人形の矢が、誠の側面を狙って発射されたのだ。
死ぬところだった。
思うと、全身から汗が流れる。
心臓が、暴れるように鼓動していた。
誠は、気が付いた。
そうか…。
1か月前。
誠が2人組の影繰りに誘拐されそうになった時にも、美鳥の蝶が誠を誘導し、助けてくれた。
今…。
声が聞こえたわけでは無かったが、確かに何かの方法で、美鳥は誠に危機を教えたのだ。
誠は、息を荒げながら考えた。
出来る…。
美鳥さんの援護があるなら!
最初は三体同時に落とそう、と思ったのだが、それは虫が良すぎた。
誠は、ブースの影で、微かに腰を浮かせた。
べったり座っていると、不意を突かれる。
まず…。
1体を、確実に落とせば、ドールマスターは、僕により多くの人形を裂くだろう。
それが、美鳥さんを助けることになる。
欲張らずに、人づづつ落とすんだ!
誠は、腰を屈めた姿勢になりながら、最初の一体に目を凝らした。




