31重複
船の船首は、波を切って前進するため頑丈に作られている。
タイミングを合わせ、屋形船がぶつかる瞬間、誠はムーンライト号の壁を透過した。
瞬間、屋形船が真っ暗になる。
客船の分厚い鋼板の中を進んでいるのだ。
透過時間は思ったより長くかかり、しかも屋形船の船尾がムーンライト号に突っ込んだまま、屋形船は止まってしまった。
どうも、屋形船のスクリューがムーンライト号に重なって、推進力を失ってしまったらしい。
ムーンライト号もかなりの速度で進んでいたため、屋形船は慣性の力で客船に食い込むように突き刺さり、動きを止めた。
木目の飾り壁と深紅のカーペットの、豪華な大広間が眼下に広がった。
目の前には、3メートルの直径がある見事なシャンデリアが、透過の衝撃なのか、微かに揺らめいていた。
屋形船の船首は、ムーンライト号の分厚い装甲を突き抜けて、船の大階段の踊り場に突き出るように停まっていた。
幅5メートルはある階段が下りた先は体育館ほどはある豪華な装飾の広間で、畳何畳と言う単位の油絵が重厚なアクセントを与えた、吹き抜けの豪華な広間だった。
「どうも、船が重なっちまったようだね!
これは、どうなるんだい?」
アクトレスが誠に聞いてきたが、誠にも詳しいことは判らない。
これほど巨大な物を透過したのは初めてなのだ。
「判りません!
とにかく、客船に移りましょう!」
急ぎ、影繰りたちは分厚いカーペットの上に飛び降りていく。
純日本風に畳の座敷敷きの屋形船の、安っぽい提灯を揺らして、ふかふかの赤いカーペットの上に飛び降りた。
屋形船は、船首の二メートルを斜めに、大階段の琥珀色の木材の艶やかな壁から突き出して止まっていた。
この大階段を上に行けば、船首の展望デッキに出られるはずだ。
そして、さらに何階か上ると一等客室の専用デッキだった。
「よし、デッキを目指すよ!」
アクトレスは影繰りを数人ずつ組ませ、船の各部に走らせた。
ムーンライト号の管内図はネットで簡単に入手できたので、皆、頭に入っていた。
誠は、美鳥と、高屋という40代の小太りの女性の影繰りと共に船首甲板を目指して走りだした。
ゴゥン!
突然、屋形船が火を噴いた。
「爆発した?」
美鳥が驚くが、誠が、
「ああ、そうか!
透過したまま僕が気絶すると、多分、重なっている物質は元に戻り合うので、融合したような不自然な状態になってしまうんだ。
今、船に乗り込んだので、屋形船の透過を解いちゃったから…」
「物質が重なって爆発したの?」
「おそらく屋形船のエンジンとムーンライト号の船首装甲が重なって、ガソリンエンジンが爆発したんでしょう」
影繰りに人的被害は出ていなかったが、これから気を付けないと…、と誠は頭に刻んだ。
なんとか透過状態で、屋形船をムーンライト号内に引き出せれば、こういう事故は防げたはずだった。
「そんなん気にしてる場合やないで!」
高屋はふくよかな頬を揺らして、誠と美鳥に指示を出した。
大阪弁だった。
「荒事の最中や。
ちょっとぐらい物が壊れても関係あらへん!
行くで!」
誠と、そう変わらない身長で、体重は6,70キロぐらいありそうな高屋は、毬のように敏捷に、階段を駆け上った。
「デッキブラシだった、と井口君が言っていたわね」
高屋の後ろを走りながら美鳥が聞く。
「それならば、見たら判かりそうですけどね」
内調や警察の、それなりの人間が無数に見ていたはずなのだ。
「催眠術、という事かしら?」
「あ!
白い船、確かに眩しいですね」
どうやら、マッドドクターは、何千人という人間を同時に催眠術にかけられらしい。
「あんたたち、銃を出しとき!
ここ上げったら、外に出るはずや!」
カーペットで覆われた階段を駆け上がり、誠たちは船首デッキに飛び出そうとしていた。




