29ムーンライト号
誠たちは竹芝桟橋に戻った。
「このまま僕と誠君とで、船に戻るわけにはいかないのか?
蒼井は、もう少し時間がかかる、とか言えないかな?」
ミオの提案に、誠は、
「おそらく無理でしょう。
たぶん、ミオさんには盗聴機ぐらいは付けていると思います。
無くとも、蒼井は何らかの通信手段を持っているはずです」
「あそこは地下300メートル、岩盤の上に直接作られたコンピュータールームだ。
携帯電話じゃ通話も出来ないぞ」
永田が言う。誠は、
「電話がありましたが」
「おっ、そうだな?
あれは内線電話だろ?」
聞いた職員も首を傾げる。
なにしろ急な作戦でしたので…、と職員が答える中。
竹芝桟橋の水上バスの前に立っていた2人の警護が、いそいそと水上バスに乗り込んでいった。
「出る気か? 一体どうするつもりだ?」
アクトレスが叫んだ。
誠は無言だった。
水上バスの人質も催眠術をかけられているはずだった。
その分、急に命を奪われる恐れはない、と思っていた。
しかし、カブトは蒼井聡と人質の返還ぐらいは要求する、と思っていたのだ。
ふと、海上に目をやると…。
純白の客船が、かなりのスピードで竹芝桟橋に近づいてきていた。
「あの白い船は何でしょう?」
誠が聞くと、永田は、
「ああ。
韜晦汽船の客船だろ。
大島とか八丈島とか、伊豆七島に行くんだよ」
「いや、ちょっとデカくないかい?」
アクトレスの声が警戒を含んでいた。
その時、警官が走り寄ってきた。
「永田一等陸佐!
只今情報が入りました。
横須賀港に入港する予定だった客船が、東京湾を直進している模様です!」
永田は、思わず、咥えていた煙草を落としてしまった。
「は?
なんで?」
「通信不能だそうです」
マッドドクターだ。
誠は直感した。
水上バスにいなかった時点で、何か動きがあるのは感じていたが…。
だが、客船などをどうするというのだろう?
人質にはなるだろうが…。
純白の船は、どんどん大きくなっていく。
外洋を航行する大型の客船のようだ。
まさに、動くホテル、といった優雅なシルエットだった。
やがて、船のスピーカーから声が聞こえた。
「あー、聴こえるかね、日本の諸君。
我々は客船ムーンライト号を占拠した。
このまま東京の中心部まで乗り込み、自爆するものである。
同船には、我々が持ち込んだ、小型原子爆弾が積み込まれている。
爆心は…、どれぐらいかな…、なにしろ手作りなので明確には判らないが、東京は間違いなく壊滅するので、逃げられるものは、とっとと逃げた方がいいだろう。
繰り返す…」
スピーカーは、かなり上手な日本語で、同じ内容を繰り返していた。
双眼鏡で、さっきまで水上バスを監視していた警官が、客船を見た。
「デッキの上に銃を構えた男女が、人質を取って並んでいます!」
「げ…、原爆ぅ…?」
永田が唸った。
「坊やが言っていた大きな事件って、これの事かい?」
アクトレスが呆れたように言う。
「まさか、ここまでとは…」
誠も呟いた。
客船は竹芝桟橋に向かっているようだったが、やや向きを変えていく。
どうやら、そのまま隅田川を遡上する構えのようだ。
「あれって、レインボーブリッジを…。
越えられそうですね…」
客船は、ギリギリでレインボーブリッジを抜けて、徐々に竹芝桟橋を横切ろうとしていた。
「おいおい、勝鬨橋にぶつかっちまうじゃねぇか!」
永田が叫んだ。
「自爆する、と言っているぐらいだから、壊れても気にしないんじゃないかしら?」
美鳥が呟く。
三層になった船の豪華なデッキには、ライフルを構かまえた人間が立ち、横に立つ、手摺に縛られた人質に銃を突きつけていた。
何百と言う数のテロリストが、皆、人質に銃を突き付けている。
テロリストの服装はまちまちで、船員風の白いジャケット姿から、派手なスカートをなびかせた白人女性もいる。
人質は後ろ手に縛られ、胴体を船の手すりに固定されて動けないようにしてあった。
「間違いなくマッドドクターですね。
全員を催眠術にかけているんだ!」
誠は唸った。
「あれじゃあ、手が出せないね…」
アクトレスは溜息をついた。
「影繰りなら、少数で鎮圧も可能じゃないですか?」
誠が提案する。が、美鳥が言った。
「報道ヘリが何台飛んでると思ってるの。
それに無数のSNSで、おそらく既に発信されているのよ」
「警察や海上保安庁にも協力してもらいましょう。
空砲を撃つんです。
細かい傷なんて、判りませんよ、あの人数じゃあ」
「どう乗り込むんだい?
近づく前に人質が撃たれてしまうよ」
アクトレスは豊かな髪を無造作に掻き上げた。
美鳥が、指を差した。
「あそこに船があるわ」
確かに外海側1キロ先の芝浜埠頭には、コンテナタンカーが2艘停泊していた。
「あそこからじゃあ追いつかないよ。
それに人質の安全はどうする」
「どうせ壊れる船なら、座礁させてしまいましょう。
タグボートでも、釣り船でもぶつけて。
その隙に影繰りが突入するんです。
僕も何人透過できるか判らないですが」
「人質をどうするか?」
永田も言う。
「遠距離攻撃の出来る影繰りに頑張ってもらいましょう」
言っている間にも、船は竹芝を横切ろうとしていた。
「もう時間がありません。
影繰りを船に乗せて、突っ込みましょう。
船ごと透過します」
誠も焦って、叫ぶように提案する。
永田が怒鳴った。
「ありったけの船を徴用しろ。
影繰りは屋形船がいいな。
他には警官隊を乗せ、発砲してもらう。
一斉に客船に群がって、訳の分からない状況を作っちまえ!」
辺りは大混乱に陥った。




