26散歩
竹芝桟橋には、通常、水上バスは止まらない。
小型艇は、竹芝よりも田町にある日の出桟橋に乗り入れる。
そのため、急遽、板が渡され、桟橋から坂を下るように水上バスに乗っていた。
船の、板の両側に、自動ライフルを構えたスーツ姿の男が二人、警護のためか立っている。
桟橋側にも二人、同じように立っており、同時に船室の上のテラス甲板にも二人の男が立っていた。
誠は、手を上げて近づきながら、あの人たちは影繰りだろうか? と考えていた。
アクトレス教官ぐらいになると、雰囲気で70%ぐらいの確率で、影繰りを見抜けるそうだが、誠にはその経験も嗅覚もない。
影繰りでなければ戦って勝てるかもしれなかったが、今、誠は戦うために水上バスに入るのではない。
何とかミオさんを説得し、機を見てレディさんを無理やりにでもカブトたちから引き離す。
無論、人質に危害を加えられないように、だ。
とても難しい作戦を一人でこなさなければならないが、唯一の救いは見鳥と交信が出来ることだった。
呼べば、状況に応じて救援を望める。
だが、まず。
状況を知ることだった。
レディさんとミオさんの状態。
カブトと蒼井聡。
そして18人の人質。
敵の兵も、外に出ている6人ではないはずだ。
なぜなら、誠の推測では、カブトは病気を装っているはずだから、レディの前で戦うわけにはいかない。
そして、本部の地下に行くのなら、必ず青井聡もついてくるはずだ。
ミオさんだけに船の防衛を任すはずはない。
カブトにレディ、ミオさんに青井聡、と言う組み合わせで監視するのが自然だった。
ならばカブトとレディが2人になった時、病気のカブトは戦えない。
影を使えば、レディさんだって気が付く。
人質だって、18人もいれば、2,3人は、自分たちで状況を打開しようとする猛者もいる可能性は十分ある。
それに対処するためには、影繰りを含む室内を見張る戦闘員がどうしても必要だ。
そう考えると、外の6名にプラス3名、操船室を押えるもの、多分2名。
合計十名の兵隊がおり、何名かは影繰りのはずだ。
今は、状況を観察するだけだが、機を見て、行動に出る計画を練らなかればならない。
実は、今のところ誠には、何の計画も無いのだ。
そもそも、中の状況や人間関係が判らなければ作戦は立てられない。
それをこれから調べていくのだ。
不当にいる2名の護衛の前に来ると、身体を入念にチェックされた。
やがて、納得したらしく、男は誠に、行け、と低く言った。
船に渡されている板は、滑りにくいように突起が付いているゴム製のものだったが、角度が急な上に、酷く揺れるために歩きづらい。
転んだら、護衛たちはどうするだろう、助けに来るだろうか、と考えたが、今はその時期ではない。
船側の二人は、誠をそのまま客室に入れた。
船尾の入り口から、客室に入った。
入ってすぐに売店があり、売り子のおばさんが2人、引き攣った顔で座っていた。
その横に1人、警護がライフルを持って立っている。
売店から一番離れた、船首側の席に14名の人質が並んで座らされていた。
彼らの両側に、1人づつ、警護がいて、思った通り、客室は3人の兵士で監視されていた。
乗客には、若い男も4,5人はいるようだったが、大人しく座っている。
もしかしたら、彼らも催眠術にかかっているのかもしれなかった。
客が催眠術にかかっているのか、確かめよう、と誠は心に刻んだ。
船尾側に車椅子を置けるスペースがあり、そこにカブトが寝ていた。
フリーズの上着を羽織って、腰から下は毛布を掛けている。
寄り添うようにレディが座っていた。
誠は、他の2人を探がして室内を見回した。
ミオは入り口の後ろ、上のテラスに挙げる螺旋階段の近くの壁にもたれて、腕を組んでいたが、誠を見ると、微かに口角を上げた。
そして、ミオの傍らにスーツ姿の若い男がいた。
黒ぶちの尖ったメガネをかけた、背の高いスマートな男だ。
これが蒼井聡…、と誠は思った。
「よく来てくれたね小田切誠君。
実は君に頼みたいことがあって、ここに来てもらったのだよ」
青井聡は、両手を広げて、歓迎のポーズを示した。
「なんでしょう?
僕に出来ることなんて、そんなにないけど…」
「難しいことは言わないさ。
ただ我々と一緒に、少し散歩をしてもらいたい。
それが終わったら、人質は解放するよ」
白すぎる歯を見せて、蒼井は笑った。
「僕やダンサーチームも解放してくれるんですか?」
車椅子のレディが振り向いた。
その顔は、いつもの悪戯っぽい笑顔のレディさんでは無かった。
『悪いな、誠。
俺は弟についてなくっちゃならないんだ。
ミオは解放する」
壁際でミオが、レディ! と小さく叫んだが、レディはゆっくりと首を振った。
「これは家族の問題だ。
君まで付き合う事じゃない。
君は、家に帰るんだ」
青井聡は肩を竦めて、軽い調子で言った。
「それは、あとでまた考えればいいじゃないか?
性急に答えを出そうとしちゃあいけないよ、順平君」
この人は、ミオさんも欲しがっているのだろうか?
誠は考えた。
邪魔者は、殺すだろう、と単純に考えていたが、彼らの真の目的もまだ判ってはいない。
ミオさんとレディが組めば、無敵のダンサーチームなのであり、兵力を考えれば、二人とも欲しくても、おかしくはない。
ただ、時間が立てばミオさんがレディさんを説得して、彼らの思惑に従わなくなる可能性は十分にある。
何と言っても、2人は2年間も同棲しているのだ。
「人質は解放されるんですね?」
「無論だとも。
我々とて、いつまでも竹芝桟橋で揺れていたくなどないのだよ。
目的を遂げたいだけさ」
「それならば、その散歩に行きましょう。
早い方がいい。
人質の人たちだって疲れている」
青井聡は頷き、カブトに近づいた。
「じゃあ、行ってくるよ。
必ず目的を遂げるからね」
そして、レディの肩を叩いた。
あの目。
レディを見る、蒼井聡の目で、何かが判った気がした。
たぶん、いつかはミオさんが邪魔になるだろう。
たぶん、催眠術にかけられているとはいえ、レディさんもそれを知っているから、ミオさんに船を降りるように言ったのだ。
「では、散歩をしようか」
青井聡は言い、微かな目配せを、売店の横の男に向けた。
おそらく、この男は影繰りだ。
青井聡のいない間は、この男が兵士たちの指揮を執るのだろう。
そして、蒼井聡を先頭に、ミオは船を降りた。




