22突入
エレベーターで、一気に七階まで登った。
両開きの扉がゆっくりと開くと、深紅の絨毯が敷かれた、高級な飾り板張りの廊下に出る。
廊下の真ん中に一つだけ、両開きの木製のドアがあった。
足音を忍ばせ、アクトレスを先頭に、三人はドアに歩いた。
正面に着くと、アクトレスは、手で二人を下がらせる。
アクトレスが手を振り上げる。
そこに強大な、影の腕が現れる。
ブラックドックと言われる、アクトレスの影の一つだった。
腕を一気に振り下ろすと、高級な一枚板のドアが、粉々に砕け散った。
アクトレスは中に飛び込んだ。
続いて、美鳥と誠が部屋に入る。
が…。
「えっ…、これは…!」
誠が叫んだ。
部屋には、テーブルを挟んで椅子が二脚あり、二体の子供のマネキンが座っていた。
その隣に、窓を背にして白衣を着たマネキン、スーツのマネキンが立つ。
手前の子供のマネキンの横には、女のマネキン人形が立っていた。
「…図られた、ね…」
「まさか催眠術?」
美鳥も驚いている。誠は、部屋を見渡した。
「この部屋は、スナイパーの方が、監視していたんですよね?」
「そうだ」
「その人はどこにいるんですか?」
アクトレスは、窓の外のビルを指さした。
KCジャパンビルは、前面に広いイベント広場を持っているため、左右はいくつものビルに囲まれている。区画をぶち抜いて、背後の隅田川まで全てがKCジャパンビルなのだ。
アクトレスが指さしたのは、背の低い隣接するビルの先、五十メートルは離れたビルだった。
「見えませんね」
「簡単に見えるようじゃスナイパーは務まらない。
ビルのブラインドを下ろして、ライフルの先端とスコープだけを外に出しているんだ。
あたしでも、風向きが違えば気が付かないね」
「それじゃあ、マッドドクターという人は、自分で気が付かない相手にも催眠術がかけられるんですか?」
「さぁ…。
影の力と考えれば、あながち出来ないとも言えないが…」
誠は考え込んだ。
「何か、気になるのか?」
「いえ、前にお父さんと見たDVDを思い出しました。
読むと笑い死んでしまう小説の話です。
書いた作者が死に、編集者が笑い死に、やがて秘密兵器として戦争に利用されるんですけど、敵兵に読ませるために看板に書いている兵士も死んでしまうために、結局、敵も味方も死んでしまうんです」
「無条件で催眠術が発動しては、逆に使い物にならない、っていうのね?」
美鳥が、呟き、頷いた。
「まぁー、極論を言えばそうなんだろうけどなぁ…」
アクトレスは、困惑して髪を掻き上げた。
誠は窓辺に近寄り、調べ始めた。
「おいおい、後から科学捜査をするから、あんまり弄るなよ」
アクトレスの言葉が終わらぬうちに、誠は消えた。
いや、窓の外に浮いていた。
「あいつ、空を飛んでいるのか?」
「影の手を使いこなしているんです。
何秒とかからず地下鉄を登ったり、今は水平に影の手で自分の体を支えているんでしょう」
美鳥が解説した。
無茶苦茶な奴だな。あれじゃあ、敵に存在を知られても仕方がない。
ブツブツとアクトレスが呟いた。
誠は影の手で外壁を掴まっていた。
いつも自分の住むマンションを登ったりしているので、何でもない。
振り向いて、スナイパーのおおよその位置を確かめ、その角度から部屋を覗いた。
ふと、隣の部屋にブラインドが閉まっていることに気が付いた。
何か、反射する素材でブラインドが出来ていて、妙に眩しかったのだ。
部屋に戻ると、隣の部屋に壁を抜けた。
「皆、来てください」
誠は二人を隣室に招いた。
部屋は、初めに入った部屋と同じ作りで、カードテーブルが置かれていたが、上にカードが出しっぱなしになっていた。
「ヨシオドールです。
たぶん、この部屋でレディさんと、カブトは対戦していたんだ!」
「じゃあ、スナイパーはマネキンで催眠術をかけれれていたのかい?」
誠はブラインドを開け、光る面を見せた。
「なんだろう?
塗料のような物が塗ってあるね」
「判りませんが、催眠術と光りは、何か関係しているようです」
アクトレスは唸った。
「要するに、このブラインドで催眠術をかけて、あたしらは、ずっと奴らがいると思い込んで警備室に詰めていたわけか!」
「僕らを遅らせる作戦だったんです。
たぶん、ゲームを一回するだけなら三十分もかからないでしょう。
だけど、たのめーるの配達人三人がまだ出て来ていないので、七階に入るものと思ってしまった。
遅延作戦です。
ここに来る前に僕たちを襲ったのもそうだし、岩井部長さんに催眠術をかけたのも同じでしょう。
細かい計略を沢山おこなって、僕たちを遅らしていたんです」
「ってことは、坊やの推測通りなら、今頃奴らは竹芝桟橋ってことかい?」
「竹芝に着いたら、人質交渉を始めるはずなんですが…」
アクトレスは、本部の永田に電話をした。
「やられたよ!
敵は逃げた。
坊やの…、なに?
たった今、水上バスの乗客十八人を人質に取って、坊やを出せ、と交渉してきただと!
ああ。今から向かうよ。バイクなら二十分とかからないだろう」
アクトレスは走り出した。
「聞いたろ、行くよ!
敵はもう、竹芝だ!」
走りながら誠は言った。
「もう一度、青山さんに岩井部長の記憶を覗いてもらいたいんです。
どこで、催眠術にかけられたのか?
これで終わりじゃない気がするんです。
マッドドクターと、最終的には戦うことになると思うんです」
「コンピューターにアクセスして終わりじゃないのかい?」
息も乱さず、アクトレスが聞き返す。
「それだけなら、最初から、ただ訊けばいいだけだと思うんです。
僕を要求する時点で、これも、何かの作戦の一つと思えます」
「奴らは、何を狙ってるんだ?」
「さぁ、そこまでは。
ただ、この事件で、どのぐらいの影繰りが動員されたんでしょう?」
「五、六十人かね」
「本来、その人たちはどこにいるはずだったんでしょう?」
「千葉、埼玉、神奈川辺りだと思うよ」
「そのあたりで何かするつもりじゃないでしょうか?
敵は、もしかすると、東京に影繰りを集めてしまったのかもしれない」
アクトレスは、再び電話をして怒鳴った。
「永田かい?
千葉、埼玉、神奈川で何か騒ぎが起こるかもしれない。
ああ、坊やの勘さ。
調べてくれよ!」
エレベーターに三人は飛び込んだ。
「あのぅ、アクトレス教官?」
「何だい?
まだ、何か気になるのか?
いや、そうじゃないんですが…、と俯き、誠は聞いた。
「僕はいつまで、坊や、って呼ばれるんでしょう?」
はっ? とアクトレスは小柄な少年を見つめ、ギャハハと笑いだした。
「坊や、そう言うのは、あいつが凄い、と周りが思って、自然と認められるものなんだ。
知らないのか、連邦軍の白い奴、とか、赤い彗星、とかな。
マッドドクターもそうだし、カブト、もそうだ。
実績を積んで、周りが凄ぃな、と思えば、いつの間にか、誠さん、とか呼ばれるもんさ。
自分でこう言え、とか言うもんじゃないよ」
「せめて青山さんみたいに、小田切、でもいいんですが…」
「小田切がいっぱいいるんだよ、内調には。
坊や、って言ったら一人しかいないのさ」
エレベーターが止まると、不満げな誠をよそに、アクトレスは指示を叫びだした。
「してやられたよ!
連中は竹芝で人質を取っている。
敵に催眠術を使う奴がいるんだ。
十中八、九、マッドドクターって奴だろう。
青山と海野は悪いが、もう一度、岩井部長の記憶を探ってもらいたい。
数日前から今日までの記憶を探り、いつマッドドクターに接触されたのか、どうやって催眠術をかけられたのか、その辺を判る限り調べてくれ。
お前たちが情報を補器出せるかどうかで、この戦いの勝敗が決まるよ。
踏ん張ってくれ。
他は全員撤収。
本部に向かえ!」
言って、アクトレスに率いられた誠と美鳥は地下駐車場でバイクに跨った。
「で、どうする、坊や?
大人しく、奴らに引き渡されるのかい?」
誠は頷いた。
「一度、敵の内情を見た方がいいと思うんです。
レディさんは説得は難しくても、ミオさんは何とかなるかもしれません」
「でも、敵には催眠術師がいるのよ」
美鳥が言った。
「五分五分ですけど、敵の本当の狙いが別にあるなら、マッドドクターはそっちに向かうんじゃないかと思うんです。
もうレディさんとミオさんは向こうに付いてしまったんだし、竹芝にいても仕方がない。
それに、ずっと姿を隠している人なら、本部近くに来て、姿を見られるのを嫌うかもしれない。
ただ、僕が催眠術にかかったと思ったら、奪回作戦をお願いしたいので、美鳥さんの蝶を一羽、僕の髪の毛に貼り付けてくれますか?
それで内緒話も出来るし、本部との連絡にもなる」
判ったわ、と美鳥は言い、誠の髪を一撫でした。
耳の横、もみ上げの辺りに美鳥の蝶が貼り付いた。
「よし、出発するよ!」
アクトレスは言い、バイクを発進させた。




