138謎
誠は影の手を伸ばし、天井に掴まった。
僕が長く逃げれば逃げるだけ、敵が発見できる可能性が高まっていく。
自分に言い聞かす誠だが、問題は明確だった。
2度、誠は虫に貼り付かれていたが、全く気が付かなかった。
たぶん…。
虫は、能力を発動するか、しないか、選べるのではないか…。
そして、誠が走るタイミングで能力を発動させたのだ。
だとすると、今も誠は影の虫を体につけている可能性もあった。
誠は体に視線を走らせる。
他人の衣服の透視は、衣服だけではなく体内まで同時に透視してしまうためグロ過ぎて出来ない誠だが、自分の肉体は、筋組織が見えても内臓が見えても他人のそれほど嫌悪感がないため、容易く見れる。
むしろ自分の今の健康状態が判って都合がよい、ぐらいだ。
腸を透過すれば、自分が後どのくらいでトイレに行きたくなるかも一目瞭然。
膀胱も同じだった。
これが判るだけで、見えないよりも、ずっと誠はスマートに行動できるようになっていた。
ほとんど人前でおならすらしないでいられる。
体に視線を走らせるが、虫は今のところは見えない。
と、なれば虫が体に付かないよう注意するのが肝心だが、虫は、どう移動するのかも謎だ。
普通の昆虫のように床を這ったり、或いは飛んで移動するのか、それとも影の能力として、影繰りの思う場所に出現させられるのか?
もし後者なら相当に厄介だ。
ほぼ逃げようがない…。
だが、それなら蜘蛛女と戦った時、虫使いが誠を攻撃しない理由はなかった。
つまりガス室周辺は射程外なのか、それとも何らかの理由があって誠に近づけなかった、という事になる。
そう考えると、やはり虫は這って移動しているのだろうか?
蜘蛛の糸は細くて歩きにくいとか、そんな理由で加勢を見送ったのか?
とにかく虫は、かなり目の良いはずの井口さんのカラスも発見できず、細かな分析が得意な美鳥さんの蝶も存在を探れない。
虫と言っても、小さな影に過ぎないので、探査の眼をかい潜ってしまうものなのか、それとももっと大きな秘密があるのか?
例えてんとう虫程の大きさの虫であっても、井口のカラスの視界を逃れることは出来ないはずだった。
だとすれば、虫はカラスの眼に触れない方法で移動しているのだろうか?
考えながら、誠は影の手で天井を移動した。
同じ場所に居続けるのはまずい…。
あの二人に探知できない影を誠が見つけるのも無理があった。
井口の言うように、誠は逃げることに徹するべきだ。
だが、考え、推測することを止めてはいけないだろう。
思考で敵を追い詰める事だって出来るハズだ。
井口のカラスで補足できないという事は、視力で見える範囲では移動していない、という事だろうか?
誠は天井に視線を走らせる。
天井は、そのまま上階の床板になっている。
強度を出すために支柱が等間隔で走ってはいるが、それも最小限度だ。
飛行船は極力、船体は軽量に作られているのだ。
見えない範囲、というと金属の中、とかか?
影は人のイメージの力なので、たとえば金属中を移動する影、という事もあるかもしれない。
もっと普遍的に考えれば物質の中を移動する影、か?
ん、と誠は気が付いた。
それはまるで、僕の透過だ…!
そういう能力なのだろうか?
いや…。
誠は自身の考えを打ち消した。
それならば、虫は体内に入り込むはずだ。
そうすれば容易には取り除けない、もう1段凶悪な影になる。
敵は透過はしない。
もっと別の…。
誠は足元を見た。
ブルーのカーペットが敷かれている。
奴は、カーペット越しに、見えない毛足の中を這い進んでいるのか!
気づき、誠は愕然とした。
美鳥も井口も、カーペットの上で必死の捜索を続けているのだ。
「美鳥さん! 井口さん!」
誠が叫んだ瞬間、井口が、膝が外れたように倒れた。
オーケストラの打楽器のような盛大な音を立てて倒れた井口は言った。
「判ったぞ、誠、隠し扉がある!」
だが、井口はそこで言葉を詰まらせた。
心なしか顔が青ざめている。
「井口さ…!」
叫びかけた誠に美鳥の声が響いた。
「最下層よ、誠!
必ず、この影繰りは…」
美鳥が、唐突に、跳ねるように横に転がった。
「…必ず殺しなさい…」
カーペット上を跳ねながら、美鳥が呟いた。




