137作戦
「取り敢えず上に逃げましょう!
虫は強力ですが、小さい分、移動力は高くないはずです!」
誠は、奥に見える階段に急いだ。
が、盛大にすっ転ぶ。
軽金属の床が、まるでシンバルのように激しく鳴った。
誠は慌てて足を見た。
「太ももの裏の方に虫がついているようです!」
どーれ、見せて見ろ、と井口が誠のズボンを問答無用でずり降ろした。
太ももの裏、尻に近い辺りに一匹の影の虫が貼り付いていた。
「ほら、取ってやったぞ」
井口は言うが、誠は涙目で。
「…井口さん、僕、美鳥さんに見られちゃいました…」
美鳥は背中を向けていた。
「井口君、するなら、するって言ってからやってくれる!」
ああ、と井口は笑うが、
「こんな白パン、見たって、どって事無いだろうが」
誠は慌ててズボンを引き上げながら、
「これは色は白ですけど、ちゃんと1枚売りの奴で!」
「あー、3枚500円とかじゃないんだぞ! って事か。
まー、白って、誠っぽくて良いとは思うけどな」
「僕っぽいって、何です!
坊やって事ですか!」
つい逆上して誠は叫んだ。
「しかし、それより、なぜ2度とも誠が虫に襲われたんだ?
虫は、狙って動ける奴なのか?」
と、井口は周囲に視線を走らせた。
上階への階段までは、あと20メートル程だろうか。
フロアーの幅はほぼ均一、ぼんやりと外光を受け光る壁からガス室の吹き抜けまでの距離は30メートル前後のようだった。
天井にはささやかなLED灯が付けられ、ぼんやりとした光をフロアー全体に降り注いでいた。
床には、赤いカーペットが張られ、足音は抑えられている。
ただ走ろうとして転んだりすると、床はただの1枚の軽金属の板なので、さっきのように音が出る。
天井は、まあクラスで高くも低くも無い井口が手を伸ばして、ぎりぎり届かないほどの高さだ。
電車ぐらい、かもしれない。
「確実に迫ってきているわね…」
美鳥も、戦闘モードになって、顔を引きしめた。
誠は、
「登ります…」
呟いて、井口と美鳥を一本づつ影の手で持ち、もう一本の影の手で天井を透過して登った。
そこはブルーのカーペットのフロアーだった。
壁の硬質プラスチックが曲線を描いてすぼまっているので、下のフロアーよりは狭い。
「誠の推理では、直接攻撃は虫の影で、その後、姿を消すのが三人目の影繰り、で良いのね」
「全て推測です。
虫に第2の力があり、それがレディさんたちを隠しているのかも…」
「だが俺も、なんかもう一人いるっぽい感じはするぜ。
虫は動けなくはするが、息の根は絶てない。
普通、殺し役は用意するもんじゃないか?」
「そうね…、
そう想定しておいた方が確実でしょうね」
美鳥も頷いた。
「俺の考えだが、虫は多分、誠を狙っている。
たぶん誠を潰したら、第3の影繰りが登場すると思う。
どうだ?」
井口は声を潜めた。
「可能性は高いわね。
特に蜘蛛女を倒した事で、警戒は更に上がったでしょうね」
美鳥も囁く。
「…つまり、僕に虫が押し寄せる、と…」
誠も、微かに話が見えてきた。
「そうだ。
だから俺たちは距離を取って、何とか虫使いを探す」
はぁ、と誠は溜め息をついた。
「その間、僕は逃げ回るんですね?」
ニッコリ笑う井口と美鳥に、信用します、と囁くと、誠は走り出した。




