139下降
隠し扉!
最下層…!
必ず殺せ!
美鳥と井口は倒れながら、それだけの情報を誠に残した。
誠は取り乱しながらも、僕が行かなければ!
と、考えた。
最下層、だ。
あのガス室の吹き抜けを使えば、さほどの時間はかからず行けるはずだ。
問題は、その声は、敵もスパイしていた、という事実だった。
カーペットを避けて移動すれば、虫には襲われないで済むかもしれない。
だが多分。
第三の影繰り、がいるはずだった。
ただし、この存在は確実なものではない、と誠は考えた。
つまりレディさんたちが音も立てずに消え去っていしまったので、その原因として第三の影繰りの存在、が仮定されていたのだが…。
井口さんは、隠し扉を見つけた、と語っていた。
何か科学的な仕組みであるなら、第三の影繰りは存在しなくても、レディたち四人の消失は説明がつくのかもしれないのだ。
なにより。
虫が、蜘蛛女を援護しなかった謎と同じように、第三の影繰りも、蜘蛛女を助けなかった謎は同じように疑問が残る。
あの場で誠に妨害が入れば、すれすれ一撃、蜘蛛女が先に誠を仕留めていた可能性はとても高い。
そうすれば、このハンペンが上昇し、ムーンライト号から遠ざかる手間も無かったはずなのだ。
なぜ誰も蜘蛛女を助けなかったのか、第三の影繰りの存在は、むしろ謎をより深くするものになる。
だが、誠は最下層に降りるにあたって、第三の影繰りの存在を忘れるのは危険に思えた。
何より、今の事態をマッドドクターが予想しなかっただろうか?
蜘蛛女が倒され、吹き抜けを使って隠し扉のある最下層に、誠が虫を避けながら進む、事は、虫と蜘蛛女の相性の悪さを考えれば予測しうるような気もする。
もちろん、逆に、全てが上手くいったから、そう思えるのかもしれない。
吹き抜けを蜘蛛女が完璧に守り、フロアーは虫が制圧する、そういう構想だったのかもしれない。
が、誠は用心しながら降りて行かざるを得なかった。
影の手を伸ばし、ガス室の構造支柱を掴む。
支柱も、三角形の構造体にすることで強度を増した軽金属で出来ているようだ。
そして、カーペットに近づかないよう注意しながら、吹き抜けに出た。
それから、吹き抜けとフロアーの間を遮る手すりにもう一本の影の手を伸ばして、位置を調節しながら、最下層を目指す。
僕は弱い…。
と誠は考えていた。
出来るだけ強く強く見えるように、常に体に影を重ねて身体能力を強化はしているが、事実、影を纏う事すら、まだ完璧には出来ていない、影繰りになって1か月の子供に過ぎない。
今まで、美鳥さんに助けてもらって、なんとか今日の戦いを凌いできたが、今は一人だ。
だから例えば敵が、銃を持ったただの熟練の軍人だったとして、影繰りであるから誠が有利、とはいかなかった。
誠は、事実、ドールマスターの殺人人形に矢で肩を射抜かれていた。
その傷は吉岡先生によって癒されていたが、それは、たまたま矢が当たったのが脳髄や動脈ではなかったからに過ぎない。
死んだ人間は、どんな医師も癒すことは出来ない。
映画に出てくるような優秀な軍人が一人居ただけとしても、誠が彼を見つけ、射程距離に近づき、落とすまでに、誠は何発、銃弾に当たるか判らなかった。
その全てを透過できればよいが、そうでなければ倒れるのは誠なのだ。
そして、今、誠が倒れるという事は、ハンペンによってムーンライト号が制圧されるという事であり、最終的には、東京が、誠の生まれ住む土地の全てが破壊される、事を意味する。
相手は新兵器が使いたいだけの狂気の科学者マッドドクターなのだ。
東京を見本市にして、電磁波爆弾を世界に売り出すつもりでいる。
だから、ここだけは、間違う訳にはいかない…。
思いながら、誠は最速で最下層まで下りて行った。
スピードは、速い方が良かった。
敵の銃弾を避けるためには、走れる場所は最速で走る。
現実には、映画のように屈んでヨロヨロ進むよりも、全力疾走の方が生存確率は高い、と誠は習っていた。
ほんの数秒で、誠はガス室が床に設置された最下層に辿り着いた。
周囲を見回す。
ここは、どうも倉庫を兼ねた場所らしく、足元は滑り止めの突起を細かく入れた金属床であり、ガス室は巨大な三角の構造支柱に支えられて、床にボルトで止められていた。
周囲は、ハンペンの外壁のような強化プラスチックの白い壁で、上のフロアーに向かう、狭い階段が三方についていた。
多分ガス室で見えないが、誠の向かいの側にも階段はあり、計4つの階段が上のフロアーに伸びているのだと思う。
当たり前だが、一見して隠し扉は見えなかった。




