133曲芸師
誠は手足から無数の影の手を伸ばして、蜘蛛の巣を登り始めた。
キャハハ、と蜘蛛女は、叫ぶように激しく笑い始めた。
「面白い坊やだね!
さすがに私の糸をよじ登ったのはあんたが初めてだよ!
だけどね…」
女が軽く飛ぶと同時に、糸が一瞬で組み変わった。
誠は、掴んでいた糸が消えて、ずるり、と落ちた。
が、誠の影の手は、新しい複数の糸を掴んでいた。
「それは判ってるんだ!
何度やっても僕には効かない!
そして!」
新しい影の手を伸ばし、蜘蛛女に接近した。
「誠、そいつは、見えない攻撃を放つのよ!」
美鳥は叫ぶ。
「それが錯覚なんです、美鳥さん。
もし、そういう都合のいい攻撃があるなら、最初から僕ら3人を吹き飛ばして、さっさとレディさんたちの方に行った方が良いに決まっている。
しかし蜘蛛女が動かないのはなぜか…」
言いながら、誠は再び、跳ねるように影の手を伸ばして蜘蛛女に近づいていく。
「糸の形は無限のように見えて、実際は決まっているんですよ。
東京タワーを作るためには、その位置の糸を引く必要がある訳です。
だから、ちょうどいい位置に進んだ井口さんと美鳥さんしか攻撃できなかった。
複雑な糸の絡まりを利用した技だから、計算通りに動かせるポイントは、そんなに多くはないんです。
彼女は、自分が任意の場所に姿を現すことで、僕たちを攻撃可能な地点に誘導していたんです」
美鳥も気が付いた。
「自由に攻撃ができるのなら、わざわざ敢えてあたしたちの前に姿を見せる必要は無いのね!」
「そうです、簡単に僕らなど皆殺しにできます。
そうはいかないから、わざと目立つ格好で、あんな場所で彼女は道化を演じている訳です!」
言いながら誠は、また、ズイ、と糸を登る。
既に誠は、フロアーと蜘蛛女の中間地点ほどに達していた。
蜘蛛女は、しかし嫌な笑いを浮かべ…。
ズボンのポケットから黒い皮の手袋を取り出すと、丁寧に指を入れていく。
「なかなか鋭い坊やだね。
だけど…」
女は、自分の手の間に、透明糸を張って、ギシ、と皮手袋を軋ませた。
「あたしが接近戦で、坊やに負けると思っているのが可愛いねぇ…」
誠は、糸を軋ませて蜘蛛女に近づいていく。
「あなたはこう考えている。
糸の上、という特殊な状況で、ちょっとジュニアで戦いを学んでいる、程度の子供が、本格的に綱渡りのスキルを身につけている自分と張り合えるわけがない」
アハハ、と女は腹から笑い。
「判っているじゃないか、坊や。
なかなかの観察眼だね。
そうさ。
あたしは影繰りになる十年も前から綱渡りを専門にサーカスを渡り歩いてきた蜘蛛女、スパイダークイーンだよ。
ただの綱渡りは言うに及ばず、蜘蛛の巣に張ったネットでのアクロバット、一本の糸を垂らして演じる紐芸から綱から綱へ飛び移る空中ブランコ顔負けの荒業まで、ありとあらゆる綱渡りをレパートリーにしてきたプロなんだよ。
綱の上であたしが、誰かに負ける事なんてありえない。
まして、坊やのようなひ弱な子供に負けることなど有り得ないのさ」
「ちょっと誠!
あんた、相手が曲芸師だって判っていたの?」
美鳥の叫びに誠は、
「おおよそ、動きを見れば予測はつきますよ。
普通、糸の上に立つ事なんて、オリンピックの体操選手でも無理でしょうから!」
言って、なお糸の上を這い進み続ける。
「誠、一体どういうつもりなの…」
誠の耳元に飛んできた一羽の蝶が、美鳥の言葉を誠に伝えた。
「大丈夫です、美鳥さん。
それより、糸電話のように、綱の上、というのは意外と音を伝えてしまう…、内緒話は禁物です」
キャハハハ、と蜘蛛女は笑い、
「面白い坊やだ。
何をするつもりかは知らないが、そんなにヨロヨロ登って来るには及ばないよ。
あたしから行ってやる。
だけどね…」
女は、ねっとりと微笑む。
「ちょっと痛くするかもしれないよ…」
蜘蛛女は、言うと糸の張力を利用して高々と飛び上がり、誠の頭上に落下してきた。
誠は、薄く笑った。




