131殺意
「あやとりって、判るかしら」
美鳥は、考えるように言う。
「指を抜いたり、引いたり、して糸を手繰ることで、糸は無限に姿を変えるのよ。
あの能力は、考え方としてはそれに近いと思う…」
誠は、幼い日、お祖母ちゃんに遊んでもらった記憶がよみがえった。
「誠ちゃん、この糸を引くのよ」
お婆ちゃんが両手に挟んだ複雑な形に絡んだ糸を誠に差し出す。
誠が、そっと糸を引くと、箒になったり、東京タワーになったり、お婆ちゃんの手の中で細い毛糸は変幻自在に姿を変えた。
「でも美鳥さん、井口先輩をKOした、あの力は?」
「たぶんだけど…」
一本一本の糸の力を弾いた、小さな打撃の集積なのではないか、と美鳥は語った。
その打撃の、一つ一つは小さくても、それがこの広い飛行船内の何万と言う場所から井口と言う1点に撃ち込まれたら、凄い力になるのではないか…、と美鳥は推測した。
井口に衝撃が伝わる方向性を持つ万単位の糸を同時に切り、井岡にぶつけたのだ。
「だとすると、そう何度も使えない、という事でしょうか?」
「糸を切る動作を伴う、としたら連発できない可能性もある…。
でも、見たわけではないから、それに賭ける訳にもまだ行かないわ」
美鳥は囁き、立ち上がった。
「完全に見切っている訳じゃないけど、この広間には無数の奴の糸が、既に張り巡らされているのよ。
動けば糸に当たり、止まっていれば、井口君のように吹き飛ばされる。
たぶん、威力はレディの分銅に及ばないと思うけれど、でも全く見えない攻撃は、受け身も取れないし筋肉を固くすることも、影を纏う事も出来ない。
全て不意打ちの打撃なので、ダメージはむしろ奴の方が上、って感じでしょう…」
美鳥は丁寧に三つ編みにした髪を頭にまとめて、きれいに留めている。
動きやすく、邪魔にもならない、という事だったが、誠はトレーニング終わりで髪を解いたロングヘアーの美鳥も、とても好きだった。
「まったく、とんでもない蜘蛛の巣の中に飛び込んじゃった、って事のようね、あたしたちは…」
全身黒の服を着て、美鳥は黒い皮の手袋を手にはめていく。
細い指のラインが、革の黒い艶と共に鮮やかに浮き上がっていった。
一方の誠は、学生服のズボンにムーンライト号のスポーツウェアコーナーで手に入れた、おそらくテニス用だと思う長袖のシャツと、多少は防寒の役に立つ光沢ある化学繊維のジャケット姿だった。
あいつだけは、早くやっつけないと…。
誠は、少し焦って考えていた。
僕が、影の体を纏っていることを一見して見透かすなんて!
影の体を纏って運動音痴を誤魔化しているのが美鳥さんの前でバレたら、誠は自分がどれだけショックを受けるか、とても想像できなかった。
それだけは露見しないようにしなければ、絶対にまずい!
だが、奴は強い。
特に、この蜘蛛の巣の中でなら、あのボーダー柄の女は、ほとんど無敵の攻撃力と守備力を持ち、しかも誠は奴を落とすことができない。
厳密には、数十センチは落ちるが、常に背中に落下防止の糸を張っているようだ。
糸ごと透過できればいいのだが、誠は、そこまで細かい透過のコントロールを持っていなかった。
大雑把に、射程内の人間を落とす、事しかできない。
こんな蜘蛛みたいな女が現れるとは、全く想像していなかった。
「誠、糸が見えれば、あなたは影の手を伸ばして、糸を掴んで揺する事が出来るでしょう?」
美鳥が言う。
「は、はい!
そのぐらいは、必ず!」
自分のためにも、蜘蛛女だけは倒さなければならない。
奴の感知能力は、誠の秘密を無残に暴露させる、危険な能力なのだ!
「蝶を糸に貼り付かせるわ。
そしたら、蜘蛛の巣を力の限り、壊すのよ!」
誠も自分を奮い立たせた。
誠の内調での立ち位置が、出来る新入りで居続けるためにも、誠は必ず蜘蛛女を倒さなければならなかった。
そう…。
糸が見えれば、きっと透過も出来るはずだ!
誠は、初めて本当の殺意に目覚めたのかもしれなかった。




