動かない
美鳥を先頭に、足音を極力防ぎながら、軽金属性の階段を上がっていく。
飛行船はガスの浮力を利用して飛行するため、鉄などは使えない。
階段もコンパクトで、強度を出すために多角形に作られていた。
「なぁ、ここには影繰りがいないと、アクトレス教官は思っているのかな?」
井口が囁いた。
「いるでしょうね。
でなければ、影繰りだらけの豪華客船に向かうのは無謀に過ぎるわ」
「だけど、それじゃあ、なんで実質子供3人でこんなところに突入させたんだ?」
井口は、やや怒り気味に語気を強める。
「どの道、10分もすればムーンライト号に到着するわ。
その間ぐらいなら、井口君の感知能力と誠の透過があれば、生き延びられるはず、って事じゃない?」
自分で行くと言ったものの、井口は、今、こうして敵地の真っ只中にいる自分に、やはり違和感を禁じえなかった。
確かに前の敵は強かった。
もし誠だったら、もしかしたら殺されていたかもしれない。
敵の能力も、井口だからこそ解明できた、と言える。
だが…。
結局、影能力のバトルではなく、寝技勝負になったからこそ井口は勝てたのでは無いか?
ゴリゴリの影繰りと、俺は戦えるのだろうか…?
「でも影繰りはいない、という目も無い訳ではない気もします。
だからこそ核爆弾を持ってきているのかも…」
誠が言う。
「0は有り得ないわ。
パイロットとか、技師はもちろん乗り込んでいるでしょうけど…」
美鳥が言ったとき、ガツン、と軽金属の床に、誠が倒れた。
「おい、誠、どうした?」
井口が声をかけると、誠は、なんか転んじゃいました…。
と、瞬間、笑ったものの、すぐに自分の足に触れて青ざめた…。
「あ…、足が、動きません…」
「影繰りね!」
美鳥は瞬間、数十羽の蝶を、黒いマントを広げるように周囲に散らした。
井口も、三匹のトンビを両肩の頭の上に出し、鳥の視力で辺りを見回した。
「何も見えないぞ!」
「あたしも、特段、異物を感知できないわ!」
誠は、自分の脈を測っていた。
「脈拍から見て、特に体調は…、いや、この緊張状態を考えれば、脈拍が正常値と言うのは、異常かも!
つまり、脈を遅くするような類の毒なのかもしれません!」
もっとドキドキしていいはずなのに、誠は、とんでもなく冷静だった。
「麻痺系の毒物かもしれないわね。
しかし、空気に異常は見られないわ」
「気体ではなく、物体でもないとなると、何なんだ?
液体か?」
井口は、頭のトンビを飛ばした。
周囲の立体図が、必要になりそうだった。
「敵を見つけられなければ、あたしたちは全滅する。
すぐにミオさんに連絡するわ!」
蝶が床に向かって直進する。
誠が、それを透過した。
しん、と辺りは静まり返っている。
1階下のダンサーチームの気配さえ、感じられなかった。
誠は、自分の足を透過した。
周囲は、井口と美鳥、二人の探査のプロが見張っている。
誠が見たところで、彼ら以上の感知は出来ない。
足の筋肉が、動かない。
それ以外に、機能の不全がある訳ではなかった。
範囲は…。
誠は、自分の足の指を動かしてみた。
感覚は、麻酔にかかったように無かったが、足の指は動いていた。
くるぶしは、動くが、感覚はない。
だが太ももと脛、この筋肉が、ほぼ動かなかった。
血流は、ある。
医学知識がある訳ではないが、異常は見受けられなさそうだ。
だが、動かそうとしても、足が動かない。
誠はズボンをまくってみた。
「あ…」
思わず声が出た。
「おい、そりゃあ…、虫、なのか…?」
誠の、ふくろはぎの中央外側に、テントウムシほどの小さな黒い昆虫が、ピタリ、と貼り付いていた。
誠は、虫を透視した。
「いえ、これは影です。
透視できません…」
誠は唸った。
「取っていいのか…、でも、動けなければ戦えないか…、
取ってみます」
誠は、影の手を足の膝がしらから伸ばし、虫を摘まんでみた。
カパ、と微かな、吸盤を剝がしたような音がして、虫は剥がれた、と思う瞬間、消えていた。
「消えた!」
井口が唸った。
「美鳥に似た影能力か。
あれだけ小さな虫だと、さすがに探すのは難しいぞ…」
「それと判れば、感知できないことはないわ!」
美鳥は軋むように言うが、蝶の数は、格段に増えていく。
誠は立ち上がった。
「大丈夫、虫さえ取れば効果は消える。
毒とか、そういうものではない模様です…」
足を用心深く回しながら誠は、
「しかし、敵の射程距離は判らないものの…。
強い能力です…」
物音一つしない飛行船の中に、緊張感だけが膨らんでいった。




