117対決
やってくれるな、誠君。
マッドドクターが視界から消えた時、ミオは誠の意図を察知し、心の中で感謝した。
マッドドクターが背後に控えているだけで、いかにダンサーチームといえども、お互いを100%は信じきれなくなる。
それでは3人を相手にして緊密な連携の取れたダンシングは機能しなくなり、チームとして3人の敵と戦うのではなく、3対2の泥仕合がズルズル続くだけになる。
全ての肝はマッドドクターと見て、それを取り除いてくれたことは、この戦闘にとっては、とっても大きい。
問題は、マッドドクターがどこに落ちたか、だが、今、それを気にしている暇はない。
3対2の戦いは敵にとってそうであるように、ミオとレディにとっても神経を余分に擦り減らすことに変わりはない。
可能ならば、早く2対2の形にしたい。
そうであれば、小回りの利くカブトよりも、横の白人。
6丁の短銃を空中に浮かせ、隙あらば鉛の弾をぶち込もうとしている短髪の男を、先に片づけた方が手っ取り早そうだった。
「レディ、シフトBだ…」
ミオは囁いた。
微かに、レディが、チ、と舌打ちした。
カブトと戦いたいらしい。
ミオは微かに笑ったが、しかしレディが全てを理解したことは疑わなかった。
カブトと銃使いは、状況の変化にまだ戸惑っている。
甲冑男は、分厚い影の装甲に阻まれ、思惑は読み取れないが…。
今、速攻で銃使いを仕留めてしまえば、手強いとはいえ互角の戦いには持って行ける。
そうミオは考えていた。
ミオは、影の花弁を床に広げた。
この花弁の範囲を、ミオは超高速で移動できる。
アクトレスのように、ブラックドックになって、どこまでも疾走できるわけではないが、近接戦闘にとってはこの能力だけでも反則なほどに強力だ。
花弁は直径で7メートル32センチほどになり、これはボクシングのリングの大きさそのものである。
ただし、花弁は常にミオを中心に緩やかに回転しているため、常にリング内のどこへでも動ける、という事とは微妙に違った。
つまりリングのーコーナーにミオが立てば、動ける範囲は半分、3メートル66センチ、という事になる。
しかし、ミオのような強打を連発できる選手が相手をコーナーに追い詰めているのであれば、それは別段、不利を意味しない。
むしろ逃げ場のない檻の中で地獄の集中砲火を受け続ける無間地獄に落ちたも同然だ。
ミオは、一直線に銃使いの懐に潜り込んだ。
銃使いの慌てた顔がミオの頭上で、強烈なボディを鳩尾に叩き込まれた苦悶の表情に変わる。
だが、もちろん甲冑男ナイトとレディの双子の弟、カブトは、仲間が減らされるのを座して見ている訳はない。
ズン、と重い足音を響かせ、ナイトが前進してきた。
カブトは、再び口から小さな火炎を吐き出した。
レディは、カブトとナイトに向き合い、3本の分銅をブワリ、と浮かべた。
敵は統制の取れた動きを見せる。
ナイトを前衛として、背後にカブトが隠れた。
身長はレディよりカブトの方が高いようだが、身体が細いのは兄弟そっくりだ。
巨大なナイトの影に入ると、カブトは全く見えなくなる。
レディは歯を食いしばっていた。
1分、いや30秒…、それだけはどうやっても、俺が稼ぐ!
レディ自身不思議だが、女装しているレディの人称はあたしだが、スッピンのレディは春川順平であり、昔は僕、と人称していた大人しいキャラだったが、男の娘に目覚めて、学校でも華やかな雰囲気を身にまとうようになった順平は、俺、と人称するようになり、今も心は完全に男だった。
どうなっているのかは、レディにも判らない。
或いは、多重人格に近いのか、とも思うが、べつにアタシと俺、の間で性格の乖離は無かった。
俺でも、ティファニーのターコイスのブレスレットはいつか買おうと思っているし、香水の好みも変わらない。
だが戦闘において、自分が前衛となって戦う場合、いつの間にかレディは春川順平に戻ることがあり、今も、そうと言えば、そうだった。
今日は朝から春川順平ではあったのだが…。
別に学校で、小柄だがお洒落な順平であるとき、レディの人称アタシ、が出ることはない。
文化祭で、ふざけて女装した時も、もしかしたらと思ったが、順平のままだった。
アタシ、と俺、の切り替えはレディの中では、自分でも判らないオートメイションの変化なのだ。
ナイトが、凶悪な変幻自在の槍、を突き出してきた。
順平の喉、鎖骨と鎖骨の間、喉のくぼみを正確に狙った槍が、高速で飛び込んでくる。
レディは、影を纏った。
レディ自身は中距離支援型の影繰りではあった。
身体も小柄だし、特に筋肉などは、付けないように注意さえしている。
だがミオと同じ速度で動き続けられるよう、日々トレーニングは欠かしていないし、第一、ミオに庇われ続けるのはミオの男、としてもプライドが許さない。
レディは、近接戦闘者並みの影を纏えるように、日々のトレーニングで己を高め続けているのだ。
レディの分銅は、だから防御には回していない。
ナイトに向かって1つは直線に、1つは槍にぶつかるように、そして最後の1つは、大きな放物線を描いて飛んでいった。
「かかってきな!」
春川順平は、心なし太くなった声で、叫んでいた。




