攻撃
俺は死なないことだ…、と井口は考えた。
もし俺が死んでしまうと、高屋さんは敵の擬態を見つける事が出来ない。
だから俺は、まず死なないように動かなければなない。
じり…、と微かに踵を後ろに動かす。
擬態をしながら、どれだけの視力なり感知なりを使いうるのかは判らない。
普通に立っているのと変わらないのかもしれないし、或いは精神統一して座禅でも組んでいるのかもしれない。
ただし、擬態を維持したままの移動では、およそ五分から十分をかけて十数メートル、移動距離はそんなもののようだ。
一分間に一メートル、と考えると、だるまさんが転んだ、をする子供のように、息を潜めて、そっと、そっと、歩いているイメージだろうか。
俺がもし、走って逃げたら、擬態を解いて追ってくるだろうか?
解けば、少なくともこの擬態、この幅5メートルの壁のどこいら辺に敵がいるのかも判るのだが…。
たぶん、逃げればまた、どこに擬態があるのか、探すところから始めなければならなくなる。
或いは背中を見せた途端に、あのノコギリが飛んでくるのかもしれない。
走って逃げる、と言うのも随分魅力的な誘惑なんだけどね…、と思いながら井口は銃を構えた。
よく知らないがヘッケラーコックスとかいうメーカーの銃で、銃身など本当に必要なところ以外のパーツはプラスチックでできていて、軽く、扱いやすい。
おそらく耐久性は良いとは言えないのだろうが、壊れたパーツを交換していけば、それなりに長くも使えるらしい。
内調では未成年は大体この銃が支給されている。
大人は、この手のおもちゃを信用せず、金属製のものを好む傾向があるようだ。
アクトレス教官などは、博物館級のコルトガバメントを常に所持している。
なんでもマグナムが撃てるようにカスタマイズしてあるとか。
相当の筋トレをしていないと命中はおろか、撃つだけで自分の体が壊れるはずだ。
壁に向かって銃を構えるって言うのも、間抜けなポーズだな…。
と井口は自嘲するが、撃ちたい衝動には駆られている。
擬態は、どこまでの精度があるのだろうか?
銃弾を受けても、擬態を続けられるのか…、それとも後ろの廊下に通り抜けていくのか。
そーゆーのも、確かめた方が良いよな…。
設備通路は、基地自体が広いため広大ではあるが、敵の偽壁つくりが相当の楽観主義者でもない限りは、すぐに井口を仕留めるはずだ。
2人のうちの一人の前に姿を現す、とはそういう事だろう。
どのみち段ボールが無ければ高屋は戻ってくるだろうし、ボール状態の高屋はひどく速い。
この手のどこでも跳ねて良い通路などなら、段ボールまで行って、戻って数分もかかるまい。
井口は銃を構えながら、じりじり、と後ろに下がっていく。
壁全体を視野に入れたいし、奴は強化服や、ノコギリもあるハズなのだ。
何故、手を下さないのか…?
井口は首を傾げる。
壁を見て驚いて、立ち止まった瞬間には、殺している方が良かったはずだ。
影繰りに時間を与えたら、どんなチンケな能力でも、反撃の糸口は掴むはずだ。
だから井口は偽壁つくりは攻撃できないのか、と思いたかったが、それは有り得ないのは判っていた。
たぶん…。
井口を警戒しての行動なのだろう。
俺の行動は見ていたはずだし情報も集めているだろうから、その上で警戒している。
つまり、俺のトンビでも戦える敵、と相手が教えてくれていた。
地図を作りに飛んでいたトンビたちは、今、井口の元に帰りつつある。
あいつらが戻れば…。
井口が考えた時、井口は強力な力に背中を貫かれ、壁に向かって吹き飛んだ。
銃だ!
井口は思った。
格闘選手に蹴られたように激烈に痛かったが、防弾チョッキのおかげで傷は負っていない。
井口は壁に頭からぶち当たり、床に落ちた。
偽壁は、本物と区別がつかないほどの強度を持っている事が判った。
井口の銃が、床をカラカラと転がっていった。
偽壁で堰き止められた、この通路唯一の入り口に、あの白人が、リボルバーを片手に持って立っていた。
おそらく、38口径のリボルバーだ。
鋼鉄の、銃だった。




