真の能力
「擬態?
パイプに化けてたんか?」
「さっきまでは…。
今はパイプじゃないみたいです。
他の何かに擬態したんだ」
井口は、頭の中に再現された2つの立体地図を見比べていた。
暑いせいばかりではない汗が、額を流れる。
てっきり、ショボいノコギリ野郎かと思い込んでいた。
相手をナメていたのだ。
ただ、手のノコギリを飛ばすだけなら、飛翔速度もレディの分銅等に比べれば大したことはないし、接近戦でもナイフ程度の射程しかないから、影能力なので出し入れが自在、という以外はさほどの脅威ではない。
見たところ白人にしては身長も小柄だったし、井口なら体格では負けていない。
井口は格闘訓練だったら、大人とやっても互角にやれる自信はあった。
痩せ型ではあるが身長が177センチある井口は、見た目以上に地力もあるのだ。
「何に化けてるか、判らんのん?」
「今、探してるんだけど…。
こういうの、コンピューターなら一発なんですけど、俺の場合、リアル間違い探しなんですよね…」
2つの立体地図は、重ねる事ができる。
そうすれば、おのずと違う場合があれば浮かび上がる。
だが井口の3羽のトンビの目の精度は高いため、小動物や虫まで拾ってしまう。
想像以上に相違点は多く、それを最終的にチェックするのは井口本人なのだ。
だが…。
「高谷さん、見つけたよ…」
井口は囁いた。
やや歪な碁盤の目のように広がる設備通路のほぼ中央。
そこに資材が幾つか重ねて置いてある。
その資材の重なりの脇に、古びた段ボールが置かれていた。
一度目に見たとき、それは無かった!
井口は走った。
高屋は、バスケットボールほどの球になって、凄いスピードで、先に廊下を弾んで進んだ。
トンビたちも、高屋の前に三方から敵に向かう。
高屋の前に、絶対に現地に着かなくてはならない。
なぜなら、敵はトンビたちが探査していることに気が付いており、パイプ、段ボール、と姿を変えている。
今度は姿を変えない、と思う方がおかしい!
ただしパイプと段ボールの位置から、およその移動速度は予測することは出来る! と井口は考えた。
おおよその範囲の中に奴がいるなら、間違い探しも格段に精度は上がるってもんだ。
井口は全速で、設備通路の角を曲がった。
が、うわっ、と、たたらを踏んで、立ち止まった。
道が、塞がっていた。
「おいおい…、こりゃあ…」
無かったはずの壁が、生まれていた!
擬態などと言うささやかな能力ではないようだ。
どうやらノコギリ男の本当の能力は、壁そのものを作れるほど強力であったらしい…。
井口はズボンの腰に手を走らせた。
そこに22口径のハンドガンが、分厚い防水布製のホルスターに収められている。
たぶん相手は、幻覚を見せる能力とか、或いは偽の形を作る能力者だ。
あのノコギリも、奴の作った偽の形の一つに過ぎなかったのだ。
だとしたら、小田切誠に近い強力な能力者、ということになる。
だが、そういう大掛かりな能力を持つものは往々にして、近接戦闘は弱かったり、纏う影は薄いことが多い。
必要がそもそもないのだから仕方ないのだが、それであれば。
銃が通用する、という事でもあった。
「まー、本体の位置が判らないんじゃ、仕方ないんだけどね…」
井口は、冷や汗をかきながらも、薄く笑っていた。
近くに必ず、敵はいるはずだった…。




