109擬態
誠が間違えたんだろう…。
井口は、そう思いたかった。
或いは、気を効かせて、わざと別々なところに落としたのか。
小田切は一か月前に入った新入りだが、話してみても、なかなかしっかり者の様子だし、意外と気も使う奴だ。
だからミオさんの顔を立てて全員を落としたが、俺と高屋さんは敵と別々な場所に落とした。
そう思いたかったが、たぶん無理があることは井口にも判った。
一瞬の出来事だったし、おそらくあの敵六人の中で最弱はノコギリ男だと思う。
しっかり者の誠は、言われたとおりに透過を遂行している、と井口も頭では判ってはいた。
だが、敵は見つからない。
井口も、仕事は日々こなしている。
影に目覚めて半年。
探査チームの一員として、犯罪組織のアジトや新興宗教団体の捜索など規模の大きなものから、子供が行方不明などの事故現場でも井口は活躍していた。
何件も成果を上げているし、自信も持っている。
そして、その井口の3羽のカラス、もといトンビによって何度も探査されている設備通路だが、ノコギリ男は見つかっていない。
トンビの視力によって、井口の頭の中の立体地図には、微かでも動くものは全て鮮明に浮かび上がっている。
ネズミの巣が、北西の隅にあり、母ネズミと子ネズミ6匹が暮らしていた。
虫は大量にいるが、こういうところでは当たり前なのは井口も知っていた。
施設真ん中辺には、おそらく職員がサボる目的でダンボールを敷いて、古雑誌をため込んでいた。
禁止なのだろうが喫煙跡も見られる。
軍事施設は禁煙だが、永田などは例外と自分で宣言して平気で吸いまくっている。
他の喫煙者も、こういったセンサーの効かない場所を見つけて、こっそりと休憩しているものらしい。
井口のような能力者は、自ずとそういうものを見つけるし、本題に関係の無い物は見ないことにしてもいた。
すなわち、井口の影能力の精度が何らかの現象、疲れや、プレッシャーなどの理由により損なわれている訳ではない、と判断できる。
どういう影なんだ?
誠のように透過する、というのなら井口の地図から消えていてもおかしくはない。
たしかに小田切誠の能力とは、井口の立体地図は相性が悪いだろう。
だが、あんな奴はそうそういない。
壁や地面は、物理的に物を遮るものだし、現実、この基地は核シェルター、すなわち放射能すら遮ることができる最も強固な壁で覆われている。
まだ各階の室内であれば、内装の内側に空洞がある場合などもあり、天井や床下などに隙間もある。
だがここは設備通路だった。
天井も床もコンクリートであり、しかもその厚みは薄い場所でも1メートル、地上直下などは爆弾の直撃にも対応できる軍事施設のために6メートル以上の分厚い壁で覆われている。
つまり、いくら強化服のために壁に穴を開けられるとはいえ、井口の影能力を欺いて姿を消すことなど不可能なはずだ。
「やっぱり手違いがあったんじゃないですか?」
井口はもう一度言ってみた。
もう10分近く、二人は周到に気を巡らしながら設備通路を歩いていた。
見落としがある訳はなかった。
「いや。
おるよ。
そういう息遣いは、感じるもんやで」
高屋は答える。
だから問題は一つ…。
何処にいるのか、という事だけだった。
「判りました…。
それなら、もう1度、最初から全てを見て見ます」
井口は、再びカラスたちを四方に飛ばした。
井口の頭の中に、再度、立体地図が組み上がっていく。
それはレーダーの放射が地形を浮かび上がらせるように、設備通路の精密な形状を井口の頭脳に浮かび上がらせ…。
ぞ…、と井口の背骨に、冷たい電気を走らせていった。
「…高屋さん、パイプが一本…、消えました…」
井口は、声を震わせた。
「おそらく奴は、ただのノコギリ野郎ではありません。
擬態をする、影繰りです…」




