74話
幸い、落とし穴の先は複数ある地底湖の内、深くはあれど小さな地底湖で、千春はすぐに陸に上がる事が出来ていた。
【潜水】や【水泳】といったスキルもない千春が無事なのは、一緒に落ちたポチが引っ張ってくれたおかげなのだけれど。
救助犬をしてくれたポチの頭を、くしゃくしゃっと撫でて、上を見る。
「登るのは……たぶん無理だよね」
暗すぎて天井は見えないが、落下時間から大体の高さを推測して千春はクライミングでの現状脱却策を諦める。
周囲を見回すと、大小いくつもの地底湖を見つけられる。
暗闇に閉ざされた地下空間で、暗視スキルもない千春に何故それらが見えているのか。
それは地底湖の湖面が青く輝いているから。
正確には地底湖に生息している『白光する青いクラゲ』の色に、無色透明の地底湖がクラゲ色に染められ光を発しているように見えているだけ。
そのクラゲも、外部の衝撃により発光するタイプで、仲間のクラゲとぶつかると発光するため、いつでもどこでも光っている種ではない。
その明滅の間隔も合わさり、この地下空間は幻想的な演出を獲得していた。
「………………よし、出口さがそ」
ひとしきり景色を堪能してから千春は行動を開始する。
地底湖の間の小道を進む。
落下地点が地底湖の端に位置していた事もあり、だいたいの進む方向で悩む必要はなかった。
広かったり、落水しそうなくらい狭かったりする道を進み、すぐに行き止まりに突き当たった。
そこには、ここまでに見てきた中でも一番と断言できる大きさの地底湖。
「これだけ豊富な水源があるのに、なんで地上はあんなにもカラカラに乾いてたんだろ?」
答えの出そうにない疑問に首を傾げて、千春は他に道がないかと周囲を見回した。
もしかして地底湖の中に道があったりするのかも、と地底湖の端から覗いてみた。
ここまでモンスターと遭遇しなかったから、千春は油断していたのだろう。
湖面に顔を出した瞬間、湖の中から腕が伸び、千春の頭を鷲掴みにした。
「え?」
そして引きずり込まれる。
前述しているが、千春には【潜水】スキルも【水泳】スキルもない。
それらスキルを持たない千春の、水中活動限界は早い。
しかもパニックになってガボガボと無駄に酸素を吐き出しているため、そこら辺も現実に近いエンドワールド内だ、面白いほど水中で活動できる時間を示すメーターが減っていく。
そして千春は、ようやく自分の頭を掴んで離さない敵の姿を見る事を思い出した。
(緑色の肌! 黒い髪! 黄色いくちばし! 頭のてっぺんだけ髪がない!)
河童だった。
日本の怪談で出てくる有名な妖怪。
中にはキモカワイラスト的な描かれ方をしている場合もあるが、今回の河童のデザインは怖い系、写実的な描かれ方の方だった。
それが、にたーっ、と嗤った。
生理的嫌悪感を揺り起こす笑みに、千春の呼吸が一時停止する。
水中活動時間を示すメーターの減少も止まった。
思考も同時に止まっているので、それが好機到来かは不明である。
ただ。
『ガヴォッ!』
水中での砲声。
千春を追いかけて地底湖に飛び込んだポチの魔法。
複合魔法である氷属性の槍が水中で放たれた。
本来であれば氷という質量ある物質が水中を進む場合、水による抵抗力が発生する。
水中では動きが遅くなる、というもの。
しかしポチの氷の槍は地上で放つのと遜色ない速度で河童に迫り、その頭部に命中し、河童はダメージエフェクトと同時に消滅した。
これはポチのスキルにある【王者の覚醒】による効果。
【王者の覚醒】は種の王と成りえる素養を持つモンスターが得るスキルで、自身のテリトリー内では様々な恩恵を受けられる、というもの。
地底湖はポチのテリトリーではない。
テリトリーではないので、ポチは強引に奪った。
そのおかげで一時的に、ひどく限定的な狭い範囲ではあるが、地底湖の一部を自身の領域とする事に成功し、水中でも陸上と同じように魔法効果が得られたと、そういうわけである。
「……ぷはっ!! た、助かったよ、ポチ! ありがとね!」
わっしゃわっしゃと全身を撫でまわしてあげれば、普段であればポチは喜んで甘えてくる。
しかし、ポチは姿勢を低くして警戒態勢で地底湖を睨み、唸り声を上げ続けている。
「……何か」
いるの? という千春の声は続かなかった。
続ける必要がなくなった、ともいう。
ドンッ、と重い音を地下空間に響かせ、湖の傍にいた千春たちを津波が襲う。
これは攻撃ではない。
その証拠に千春のHPはわずかも減っていない。
これは単なる登場演出。
「…………おっきな…………ウミヘビ?」
千春の視界上部にHPバーが表示され、ボス戦が始まった。
ボスの名は『蛟』。
正確には『怒れる蛟』。
ポチに領域を奪われた事に激怒した、この地底湖の主であった。




