75話
総数百を超える地底湖でも最大を誇る湖から顔を出したのは、怒れる巨大蛟。
そんな事を微塵も想定していなかった千春は呆然と大蛟を見上げていた。
とうに戦闘は開始されているにも関わらず、である。
それを証明するように大蛟は蛇に酷似した顔で、蛇と同様に巨大な獲物を丸呑みするために自在な顎関節を器用に外して大きく開くと、そこから圧縮した地底湖の水を吐き出す。
ダイヤモンドを削るウォーターカッターを彷彿させる攻撃は、体の小さな千春の全身を飲み込んでまだ余りある範囲の一撃。
「ふぇ?」
間の抜けた、危機感に大きく欠けた声を上げる千春。
直撃すれば確実にHPを全損する。
しかし、それはあくまでも直撃すればの話。
千春を狙った大蛟の攻撃を、彼女は回避した。
「え? あ……、え?」
彼女の意志ではなく、ポチの行動の結果である。
主人を護るというAI行動により、ポチは千春を強制的に背に乗せ、大蛟の【水砲・極】を回避した。
「あ、ありがとう、ポチ」
『ガウッ』
千春に応え、けれどポチの視線は大蛟に固定されている。
ポチの邪魔をしないように、動きを阻害しないようにと気を遣って千春は背中から降りようとして、それはポチにより阻害される。
『ガウガウッ』
言葉は通じなかったが、いま、ポチが何を言いたかったのか千春は感じ取れた気がした。
「乗ってろ?」
『ガウッ』
ひとつポチの頭が縦に動いた。
降りて一人でウロウロされる方が邪魔になると言いたげな『ガウッ』だった。
「……はい、大人しく乗せられてます」
お願いね、という主の言葉にポチは誇らしげにもう一度『ガウッ』と応えた。
同時、まるで待ってくれていたかのようなタイミングで大蛟の攻撃が再開される。
再開の一発目は【水砲・極】。
極太の水のレーザー。
その攻撃を千春という枷を嵌められた状態でポチは軽々と避ける。
真狼フェンリルは速度に大きく特化したペット。
頂点にまだ至っていないとはいえ、ポチのステータスも速度が他よりも大きく伸びている。
故に足場が陸地であれば、たとえ枷付きであろうと回避するだけであれば問題ない。
回避の成否は結局のところ確率に依存するため絶対ではないが、限りなく絶対に近い確率で回避を成功させられる。
それがポチの生まれ持った特性だった。
「……はっ! わかったよ、ポチ! つまり私が攻撃すればいいんだね!」
すべて理解しました! と言いたげな顔で千春は装備していたヘリオスを構えた。
大蛟の【水砲・極】【大水泡】【漣八連】という連続攻撃の回避に集中しているポチは肯定も否定もできない状態だった。
あくまでもポチは千春のペットとしてAIで動いている。
主人の行動に否はない。
主人である千春がそうすると決めたのであれば、それを踏まえた行動をするだけ。
どう行動するのかは、ここまで行動を共にしてきた中で学習している。
攻撃を回避しつつ、射撃精度を少しでも落とさないため、振動が最小限になるように動く。
大蛟よりも圧倒的な速度ステータスを誇るポチだからこそ可能な行動だった。
しかし、それは千春に射撃精度があれば成功したかもねという作戦。
「むっきーっ!? 全然あたらないじゃない!」
ただでさえ装備ステータスが不足している状態なのだ。
その上で騎乗射撃という特殊スキル、もしくは騎士の職業補正もない状態での射撃攻撃。
普通に攻撃するよりも、その難易度は大きく上がっていた。
「それなら! 一撃の威力は捨てる! 『フォームチェンジ』! マシンガンモード!」
ヘリオスが光るのと同時に一瞬でハンドガンモードからマシンガンへ切り替わる。
ハンドガンよりも一回り以上も大きく変化したヘリオス。
質量も増加しているはずなのだが、その重量はハンドガンの時と大差ない。
「MPの続く限りバラまいてやるんだから~~ッ!!」
言葉と同時に千春はトリガーを引き、同時に高速で光属性の魔法弾がバラまかれる。
一発の威力はハンドガンの時の0・8倍ほどと若干低下している。
しかし、それでも秒間40発と高速で連射可能なのは魅力だ。
ただその分、文字通りの意味で秒でMPは溶ける。
「マ、マナポーション……回復! 撃ちまくる! マ、マナポーション……回復! 撃つ~~ッ!」
という行動を繰り返していた。
大まかに大蛟を狙い撃っている状態なのだが、数撃てばあたるというのは真理であったのか、千春の攻撃で大蛟のHPが削れ始める。
千春がヘリオスを手に入れてから確保したマナポーションの在庫も、彼女の想定を超える速度で激減していくのだが。
マナポーションの在庫が尽きるのが先か。
大蛟のHPが尽きるのが先か。
これはそういう勝負なのである。




