72話
栄養を失った大地からは雑草の一本すら生えていない。
水分すら大きく不足している地面に立つのは、これも枯れ果てた細木。
青葉や枯葉の一枚も、その枝に付けていない。
そんな枯木でも、まだあるだけましだった。
「それなのにゴブリンはいるんだね」
本当に君たちはどこにでも生息しているね、と呆れたように千春は呟く。
ギャーギャーッと騒ぐゴブリンの上半身に千春は目線を固定する。
「腰みのを作れるだけの植物が採れないのはわかる。けど、だからってここまで設定に忠実にならなくてもいいんじゃないですか?」
ゴブリンたちは何も身に着けていなかった。
第一大陸のゴブリンでさえ最低限、装備していた腰みのさえ、ここのゴブリンは身に着けていない。
ただ局部に強くモザイク処理が施されているだけ。
ゴブリンが飛んだり跳ねたりするたびに、モザイクの後ろでナニカが動いている。
コレハチガウナニカチガウ。
千春はハイライトの消えた目でゴブリンたちの上半身をぼんやり見つつ、そう思っていた。
ただずっと眺めていたい景色では決してない。
そして絶対に接近したくないし、されるなんてもっての外。
「こんなお願いしてごめんね、ポチ」
隣でお座り状態で待機しているポチの頭を撫でて心を癒されつつ、
「殲滅してきて」
情け容赦もなく命令を下した。
結果は言うまでもなくポチの圧勝。
もともと千春のレベルは攻略最前線は無理でも第五、第六大陸の推奨レベルほどはある。
そしてポチは最高レアリティ枠のペットだけはあり、初期ステータスも成長ボーナスも非常に優れているため、レベルの割に強い。
普通にストーリーを追うだけであれば第二大陸の戦闘で苦戦する事はない。
イレギュラーなサブイベントの敵(例えば第一大陸の古狼)と遭遇して戦闘になるような事でもなければだが。
そしてだから当然、
「全然、レベル上がらない……」
第一大陸の尾王の森で波状攻撃を仕掛けてきたモンスターを狩った時は、その数も多かったに加えて連戦ボーナスが経験値に加わり、さらに古狼の領域という事で出現するモンスターのレベルも高くなっていたため、千春でもレベルが上がった。
しかし、ここは第二大陸のフィールド。
状況に応じたレベル帯のモンスターしか出ないのは当然である。
その後も主にポチが敵モンスターを撃破するも、経験値共有している千春もポチもレベルが上がる事なく、順調に朽ちた鉱山まで到着できそうだった。
「あのトカゲ? カメレオン? には驚いたけど」
思い出しつつ千春は口にした。
道中の終盤で初めて出てきたモンスター。
全長五メートルほどもありそうなカメレオン。
保護色で周囲の風景と同化し、プレイヤーの背後に回り込んで長い舌を一瞬で伸ばして遠距離から攻撃してくる難敵。
岩に擬態して【捕食】という一撃必殺の即死攻撃をしてくる難敵でもある。
レベルが第二大陸相当であれば千春も苦戦しただろう。
普通に何度も倒されたと思う。
しかし今回は千春が出るまでもなく、嗅覚で居場所を特定していたポチの一噛みでカメレオンは倒されていた。
苦戦はしなかった。
万事が常時こんな感じで進み、千春とポチは無傷のままで『朽ちた鉱山』に到着した。
鉱山なので山の麓に木材で補強された入口があるのだが、ここは元鉱山であり、現在はトンネルとして利用されている。
普通なら一直線に通過する面白味のない道になる。
「人が追い詰められて放棄されてからトンネルの途中で崩落があって道が塞がれた、だったよね」
だから鉱山内の入り組んだ廃道を通って逆側に抜ける必要がある。
もちろん廃道内にはモンスターがいっぱい。
「とりあえず一回だけ道を塞いでるっていう崩落現場を見に行ってみよう」
『ワンッ』
そうして一人と一匹は廃鉱山攻略を開始した。




