61話
翌日の夜。
学校が終わり、課題、夕食、お風呂と済ませた千冬はベッドに横になる。
課題が多く出されたり家の手伝いなどが立て込んでしまい、自分の自由時間が思うように取れない時、千冬はゲームをしない事が多い。
今日がまさにそんな一日だった。
しかし今日だけは別。
「待ちきれないもんね」
期待に胸を膨らませながら『千冬』は『千春』になった。
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エンドワールドにログインすると、そこは千春が拠点登録している我が家。
鍛冶場として使っている部屋。
ドアの先にも部屋があり、そこは店舗として使用するに堪えうる広さの部屋もある。
そのためには『カウンター』や『商品棚』『ショーケース』など、最低限『お店』だと見てわかるだけの設備を揃えて初めて店舗として使用可能になるため、今はただの広い部屋だった。
そして、この拠点は基本的に千春しか利用しない。
稀に千春の数少ない友人たちも訪ねてきてくれるが、今は新大陸攻略に忙しいらしく顔を見る機会は減っていた。
ゲーム内でのメッセージ機能で連絡は取っているので寂しくはない。
そもそも学校でもソロ活動が基本で、他人と関係する事を極度に恐れている傾向のある千春にとって、正直な気持ちを言えば孤独は嫌いではない。
「……それじゃダメな事はわかってるんだけどね」
そんな自分を少しでも変えられるキッカケにでもなればいいな、と始めたのがエンドワールドでもある。
今の所、実感できるほどの効果は上がっていないのだが。
そういえば行商人みたいな事も最近はしてないなあ、と思い出した時だった。
『ワンッ』
無視するな、とでも言いたいのだろうか。
真っ白な毛並みの子犬が千春の足元にいた。
ふさふさな尻尾がぶんぶんと激しく振り回されている。
「…………犬かな?」
『ワンッ』
つぶらな瞳で見上げられ、千春は子犬あらため子狼を抱き上げる。
千春が古狼を倒して手に入れた虹の結晶から生まれた、真狼フェンリルに進化する可能性のある希少ペット。
今はまだ子供のため見た目は完全に子犬だった。
このペットたちはレベルを上げる事で進化成長するため、レベルさえ上げなければいつまでも子犬と見紛う姿のままだ。
千春がしゃがむと子狼は、てとてとと歩み寄り、その小さな体を千春に擦りつける。
ペットを飼った経験のない千春は、おっかなびっくりの手つきで子狼の頭に手を乗せ、撫でる。
ふわふわの毛並みを掌に感じる。
「お~、これすんごい気持ちい……」
千春がその感触に感動している事が伝わったのか、子狼は撫でる千春の手に擦りつけるように自分からも頭をぐりぐりと動かした。
「……あ、これ、だめなやつだ」
辛抱たまらず千春は小さな体の子狼を胸の中で抱きしめた。
それから小一時間ほど子狼の感触を堪能した後、千春は本日ログインした目的を思い出す。
「名前つけてあげないとね」
子狼の顔を見て名前を考える。
うーん、とカッコいい名前がいいか可愛い名前にするかそもそもこの子はオスメスどっち、と主人である千春が考えていると、
『クーン?』
こてん、と子狼の頭が小さく傾いた。
「あざとい! あざといよ!」
でもそこがいい! とすでに千春はデレデレだった。
しかし、そのせいもあって問題も生まれている。
「どうしよう……。もう私にはこの子が狼じゃなくて犬にしか見えなくなっちゃったんだけど」
真っ先に思い浮かんだ名前は犬の定番ともいえる『ポチ』である。
もしくは奇をてらって犬なのに(狼である)『タマ』。
この時点でお察しではあろうが、彼女にネームセンスは期待してはいけない。
そして今この拠点には誰も千春を止める者はいない。
「うん! ポチにしよう!」
「ワンッ!」
それが了承の合図とされ、子狼のステータスに『ポチ』と刻まれたのであった。
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そしてもう一つの目的。
それはクエストの完了報告を男の子NPCにする事。
「今はどこにいるんだろう……」
マップを開く。
今回のクエストは目的地が地図上に表示されるタイプのため、少年の位置も表示されるはずだった。
「あれ? 何で?」
しかし千春の開いたラグアの街のマップにクエスト目的地を示す表示はない。
首を傾げ、千春はマップの外枠に目を向ける。
外枠には『そっちの方向に次の目的地があるよ』と教えてくれる矢印が表示されるのだが、それをたどって千春は地図表示範囲を拡大していく。
そして地図上にある次の目的地は『尾王の森』になっていた。
「あれ? え? だってあの森での目的は……」
果たしたはず、と言いかけて嫌な予感に襲われる。
「………………頑張って倒したあのオオカミさんがターゲットモンスターじゃなかった? え? 私、間違えた?」
衝撃を受けて膝が折れた千春。
その千春の頬をぺろぺろと慰めるように舐めてくれるポチ。
「間違えてない……。私は何も間違えてない! そう! 私はポチを飼うためにあのオオカミさんを倒したんだもん!」
そう自分に言い聞かせて、千春は立ち上がる。
彼女の腕の中にはポチがしっかりと抱きしめられており、そこには腕の中で必死に首を伸ばして千春の顔を舐めようとするポチの姿があった。




