60話
古狼との長い戦闘に決着を付けられた安心感、達成感、充実感などの喜色の感情に胸を躍らせつつ、けれど精神的な疲労から千春は背中から倒れる。
現実でやると大怪我をするかもしれない今のような行為も、この仮想空間ではセーフティシステムが働いて倒れる速度を緩やかにしてくれたり、そもそも痛覚ほぼ無効(ダメージを受ける際に静電気程度の刺激はあるが、それもオンオフで設定変更可能)なので恐怖心なく倒れられる。
ただ現実世界でもゲーム世界の感覚で無茶をしてしまう人が現れているため、世間を賑わせる事もしばしば。
それはともかく。
「勝てたー」
脱力した声で千春は勝利宣言を上げた。
1000敗以上してからの1勝なので喜びもひとしおだった。
少しの間、倒れていた千春だったが、むくりと起き上がるとドロップアイテムを拾い始める。
「『狼王の毛皮』『狼王の牙』『狼王の爪』……」
拾いながらアイテム名を確認してイベントリに入れていく。
「全部使えばオオカミさんの着ぐるみみたいなのとか作れるんじゃないかな」
疲労から千春の脳機能は著しく低下の一途をたどっているのだと思われる。
他のプレイヤーが聞けば「お前ふざけんなよ?」と口を揃えて言うであろうほど、この『狼王シリーズ素材』は希少なのである。
千春が狼王素材を使って装備品を製作するには最低でも二つほど大陸を、つまりはシナリオを進める必要があるのだが。
そして千春は古狼のドロップアイテムの最後の一つを手に取る。
「虹の結晶?」
これは消費アイテムらしく、拾い上げた時に『使用しますか Yes/No』という選択肢が表示された。
疲れてるし早くログアウトして寝たい千春は、特に何も考える事もなく『Yes』を選んだ。
瞬間、虹の結晶がひとりでに千春の手を離れて宙に浮かび、そして割れた。
「え?」
溢れる光に視界を塗り潰され、
「え? え? な、なに!?」
若干パニックになりながら古狼戦で培われた戦闘経験によりダイナマイトを手に取り、いつでも投げられるように準備。
そして溢れていた虹色の光が千春の足元あたりに収束し、それに伴い彼女の視界も回復する。
回復した視界の先には……。
▼
「ペットなんだ」
戦利品を回収し、すぐにログアウトした千春は最近になって頻繁に利用するようになったエンドワールド攻略情報交換サイトで調べ物をしていた。
調べているのはもちろん、あの戦利品の一つ虹の結晶の事。
知りたかった情報の回答はすぐに見つかり、それが『ペット』という新システムだった。
各大陸の各地にいる特定のモンスターを倒すことでドロップする結晶から誕生し、戦闘や生産のパートナーとしてプレイヤーと共に成長する。
この結晶自体は簡単にドロップするらしいのだが、
「えっと、結晶には銅、銀、金、虹の四種類があり最高レアリティの虹の結晶のドロップ率は0・0003%……その数値が低いのか高いのかよくわからないです。でもたぶん低いんだろうね、このコメント欄の荒れ様を見るに、だけど」
二十時間以上結晶を狩りまくった結果九割が銅。
銅143個、銀22個、金13個、虹0個。
虹出なさすぎワロエナイ。
などのコメントが多く書き込まれていた。
中には虹ドロップ報告もあるのだが、それは本当に少ない。
「未確定情報だけど虹ドロップ確定モンスターもいるらしい、か。あの古狼がそうだったのかな?」
確定モンスターだったのかどうか千春に知るすべはないのだが、そもそも彼女に『情報を確定させるために調査する』という考えはない。
それよりも千春には優先すべき事があるのだ。
「これでイベントを先に進められる!」
男の子に報告をすればイベントは終わり、そして千春はレシピを手に入れられる。
それに、
「あの子犬くんにも名前を付けてあげないと!」
古狼に負け続けていた時は何度も心が折れそうになったが、今はまたログインしてイベントの先を見たい、子犬と遊びたいとワクワクしていた。
ちなみに千春は子犬だと言っているが正確には子狼である。
上手く成長させられれば最高レアリティのペットに相応しく『真狼フェンリル』に進化する可能性を秘めたモンスターだ。
「あー早くもふもふしたいなあ」
うふふっ、と頬を緩めつつ千春はPCの電源を落とした。




