49話
多数のスティールバットに襲われそうになり、そこから撤退したはいいけれど道に迷った千春。
1対1であれば危なげなく対処できる自信がある。
けれど下半身、上半身、頭部の三箇所を四方向から狙われ、そこに頭上まで加わり、それが200匹以上も順番待ちしている状態になると、もう千春では対処しきれない。
数分でHPを全損させる確信があった。
だから逃げたのだけれど、その代償が現状の迷子である。
けれど千春は言うよりも焦っていない。
ダンジョンの中でもログアウトはいつでも可能なのだ。
ログアウトすれば捜索は始めからやり直しになるが、この状況である以上その選択もありだった。
それでも今はまだ適当に歩いているのは、まだ何かの間違いで目的地まで着けるかもしれない淡い期待に縋っての行動である。
「あれ?」
不意に道が狭くなり始めている事に、ここでようやく気付いた。
今までは何処でも最低限、炎帝の短刀を振り回せるだけのスペースがあったのに、今は気を付けなければ壁を攻撃しかねない道幅しかない。
本当に少しずつ狭くなっていたせいで変化に気付くのに時間がかかった。
それに【ライト】の周囲3メートルほどしか照らせていないのも痛かった。
「進んでもいいんだけど……」
何かありそうな予感はある。
けれどそれが良い予感か悪い予感かまではわからない。
「もしかしたら終点かもしれないしね」
進んでみる事にした。
仮に何かあってリスポーンしても減るのは経験値だけだ。
その減少経験値も『彷徨いの森』の時と同じであればレベルダウンまではしないと予想した上で、千春は進んでみる事に決める。
「死なない方が嬉しいけど」
当たり前の事を独り言ちつつ、進むほど狭くなる道を千春は行く。
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どれほど進んだ頃か、もう道幅は小柄な千春が手を水平に伸ばせないほど狭くなっている。
炎帝の短刀も薙ぎ払う事は不可能で斬り下ろす程度の選択肢しかない場所だった。
しかし、それももう終わる。
不意に手の届く場所にあった黒土壁が遠ざかった。
通路の終わりは小部屋だった。
3×3程度の小さな部屋だが今さっきまで満足に手も伸ばせない場所にいただけに、その開放感は大きかった。
そして千春は小部屋を見回す。
小部屋には何も置かれていない。
ただ、いま千春が通ってきた通路が背後にあり、そして正面に総ミスリル製の扉があるだけ。
少しの好奇心から千春は装備を変更し、
「【採掘】」
ミスリルの扉に使用する。
けれど【採掘】は効果を発揮せず弾かれた。
ダメ元だったので【採掘】できなくても特にガッカリとかはない。
「すんごい何かありそうだよね、この扉の先……」
少し躊躇うも、すぐに千春は扉を押し開けた。
錆び付きもないのか、そもそもミスリルは錆びないのか、放置されて手入れもされていないミスリル扉は手応えも軽く、スムーズに音もなく開いた。
「ッ!?」
扉を開けた瞬間から千春は目を細める。
攻撃されたのではない。
開けた扉の隙間から光が漏れ出したのだ。
久方振りの【ライト】以外の光源を目にし、暗闇に慣れた千春の目が眩んだのである。
しかもご丁寧に『盲目』の状態異常付きで。
ゲームだからある程度の安全保障はあるだろうけれど、それでも本当に現実世界で盲目になりそうで怖いのでやめてもらいたいと千春としては心から切に願う所存である。
光にも目が慣れ始めた頃、時間経過で『盲目』の状態異常も治った。
「うわあ……」
扉の先はかなり広い造りの部屋だった。
障害物らしきものは部屋の中央にある乳白色の岩のようなものだけ。
その乳白色の岩を、スポットライトのように太陽の光が照らしている。
その余波、余光で周囲も明るさを保たれているようだ。
天井を見れば、なるほど、ちょうど乳白色の岩の真上の天井部分だけ崩れていた。
その崩落した天井の残骸が積み上がったものが、この乳白色の岩なのかもしれない。
「あれが光の魔石、だよね?」
恐る恐る、千春なりに警戒しつつ部屋に足を踏み入れる。
数歩進み、何もなさそうだと安堵して緊張の糸を切った直後である。
ガゴンッ!!! と背後で腹を打つような音と振動が部屋に響いた。
「ぴいっ!!?」
ビックーーンッ!!! とつま先立ちになるほど驚いてから慌てて振り返る。
扉が閉まっていた。
それだけではない。
総ミスリル製だったはずの扉が黒土よりもなお暗い暗黒色の石に変わっていた。
飛びつくように扉に触れ、開けようと試みるも、それは当然のように微動さえしない。
そして再びの振動は、またも千春の背後からだった。
同時に、
『グオオアアァァーーッッ!!!!!』
咆哮のおまけ付きである。
「…………………………そんな気はしてたんだよ? 本当なんだよ?」
泣きそうになりながら振り返る先には、4メートルを超える毒々しい黒寄りの紫色の毛皮の熊がいた。
二足歩行のせいで見た目以上に大きく見える。
長く禍々しく伸びる四爪から何やら液体が滴っているようにみえる。
大量に溢れだしている涎が着地するとジュウッと音を立てて蒸発するように消えているのは無視する方向で満場一致で可決されている。
敵モンスターのHPバーに『仇操花』の文字がある。
「花? え? 花?」
よく見れば、よく見なければ気付けないほど小さな真紅の花弁が頭頂部で咲いていた。
踏み潰されたり、散らされたり、摘まれたりすると種を飛ばし対象の体を乗っ取る寄生植物。
本体は植物であるため光がなければ生きていけず、さらに操っている体にも栄養を摂取させなければ栄養である血液の供給が滞りやはり枯れてしまうため、仇操花は部屋に入ってきた獲物を絶対に逃がさない捕食者である。
つまりだ。
「あ、あれ? ログアウトが選べなくなってる……」
魔王じゃないけれど、この敵からは絶対に逃げられないのである。




