48話
千春はリシュティナ地下洞を下層へと進み続けた。
モンスターホイホイだった【ライト】の魔法はそのままに、おかげで強制連戦に突入する事もしばしば。
不幸中の幸いは、遭遇するモンスターの八割がスティールバットだった事だろうか。
岩の鎧を纏った猪『アーマードボア』に追いかけられた時はリスポーンを本気で覚悟したほどである。
それはうさみみ装備の補助効果『聴覚向上』のおかげで接近を素早く察知でき、そちらを強く警戒していた事で回避に成功したのだけれど。
「えいっ」
千春的には裂帛の、他の人には脱力を誘う声を上げつつ、千春は炎帝の短刀を振るう。
炎帝の短刀の紅蓮の刃は吸い込まれるように、あたかもスティールバットの方から炎帝の短刀に食らいつきにきたかの錯覚を感じるほどの自然さで、吸血のために大きく開いた口から斬り裂かれる。
ほぼエフェクト効果のおかげで見えないけれど、倒した事は光の粒子と化した事でわかった。
『キーッ!!!』
けれど倒した直後にもかかわらずスティールバットの鳴声はやまない。
鳴声を耳にし、千春は振り返り、それと同時に炎帝の短刀を横薙ぎに振るう。
「【ダブルスラッシュ】!」
自身を回転させつつの二連撃。
一撃目でスティールバットを斜に斬り、もう一撃で一匹目の影に隠れるように接近していたスティールバットを斬る。
「それには何度も痛い思いさせられたもん!」
実際に痛かったわけではない。
エンドワールドでは安全のために痛覚だけは最小限に抑えられているのだから。
それでもまったく何も感じないのではなく、攻撃を受けると微弱な静電気に触れた程度の刺激が、攻撃された箇所に走るようになっている。
それでも大多数のプレイヤーが思わず「イタッ!?」と呟いてしまうのだけれど。
千春も二桁に到達する頃になって学習した対策を実戦で活かせる程度になったのである。
その後6匹のスティールバットを倒して今回の戦闘は終了した。
あれからも一度だけ連携して襲撃されたけれど千春は落ち着いて対処して事なきを得ている。
よく聞けば羽音が二つあるため見破る事はそう困難ではない。
うさみみの補助効果のおかげでもあるのだが。
「んー……。どんどん暗くなってく気がするなあ」
それは千春の気のせいでも思い過ごしでもない。
実際に地下洞内は暗さを増している。
あれ以上の暗さがあるのかと内心で驚嘆しているほどだ。
正確には【ライト】で維持している光が少しずつ闇に蝕まれて明度を落としているだけで実際に暗くなっているのではない。
ぴくっ、と千春のうさみみが動く。
「……水の流れる音?」
地底湖でもあるのかもしれない。
そう思い千春は水の音の聞こえる方へ向かってみる事にした。
どうせ正確なマップはないんだから寄り道くらい、という事である。
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地底湖へはすぐに着いた。
もともと微弱な聴覚向上効果しかないうさみみの効果範囲は広くはない。
その耳でも捉えられる範囲であれば遠くないという千春の推測が当たった形だった。
「おおっ!!」
思わず淑女らしからぬ感嘆の声が漏れた。
深い闇の中故、地底湖がどの程度の広さと深さなのかまで知る事はできなさそうだった。
しかし感嘆の声もすぐに引っ込まざるを得ない事態が発生した。
「……うぇーい」
辟易とした千春の声。
彼女の視線の先には無数と言って差し支えない赤が灯り始めていた。
何の事はない。
単純にこの地底湖はスティールバットの巣だった、というだけの話である。
「さすがに無理ッ!!」
全力反転ダッシュ。
同時に背後から『キーッキーッ!!!』という耳障りな合唱と羽音が聞こえてきた。
千春は振り返らず、ただただ一心不乱に全力で走り続けた。
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逃げる千春に追いつけるスティールバットはいなかった。
それでも総数100匹以上のモンスターに追われるのは怖かった。
追いつかれなくてもだ。
「はあ、咽渇いた……」
それは気のせいである。
けれど全力で走ると咽が渇くのは千春が生きてきた中で学んだ常識。
その常識がゲーム内で『走ると咽が渇くもの』として千春の意識に反映されているからだ。
これは千春の中で現実とゲームの切り替え、区切りが出来ていない証拠でもあった。
ゲーム慣れしているプレイヤーであればゲーム内にいれば喉の渇きも空腹も感じないという者もいる。
それはそれで危険ではあるのだが。
ともかく、咽が渇いた千春はストレージから水を取り出して飲む。
ジュースもあるのだが、こういう時は水の方が好ましいと千春は個人的に思っている。
「……ふう」
咽も潤い、落ち着いた所で千春は周囲を見回す。
見える範囲が狭すぎて確かではない上に同じような景色が続き過ぎていて定かでもない。
けれど何となく初めて通る場所のように思えた。
さらに言えば自分がどっちから来たのかさえ曖昧である。
「ここ、どこ?」
答えが返ってくるはずのない事は承知していた。
けれど言わずにいられなかったのだから仕方ない。
一難去ってまた一難であった。




