46話
攻略は順調だった。
「ふははははーーっ!」
人の目がないのをいい事に普段なら絶対にしない笑い方をしてしまうほどに。
そう。
千春は調子に乗りまくっていた。
その原因の一つに炎帝の短刀がある。
名称にも使われているように炎帝の短刀は火属性25%の追撃効果を持っている。
それが『彷徨いの森』でエンカウントするモンスターに絶大の効果を発揮していた。
特にゾンビアニマル系モンスターに。
「火葬は嫌なのかな?」
そんな的外れなのかそうでないのか微妙な疑問を口にしつつ、千春は炎帝の短刀で忍び寄っていたゾンビ猪を斬る。
斬撃エフェクトの直撃を受けたゾンビ猪は一撃で光の粒子へと姿を変える。
それは彷徨う魂を浄化しているようにも見えた。
だからこそ順調すぎる道程に調子づくのも致し方ないといえばその通りだったのかもしれない。
何よりも、ここまで物事が順調に進む事など、これまでの千春の人生でも稀な事でもあったから。
「さあ次のモンスター! かかってきなさい!」
キメ顔で炎帝の短刀を構えた所に、まさに呼ばれて飛び出てきた次のモンスター。
それを見て千春はキメ顔のまま固まった。
心の深い所では「ああやっぱりか」と思っている。
出てきたのは昏い不気味な森の中に似つかわしくない恰好の可愛い女の子。
年の頃は6歳7歳という所だろう。
服装はひらひらしたレースをふんだんにあしらわれた黒のゴシックドレス。
可愛いものが大好きな千春も自分には似合わないとして着た事はないけれど、着ている人や雑誌で眺めるのは好きな服装である。
そして女の子も少しばかり痩せ気味というか、やつれ気味ではあるものの可愛い女の子。
女の子の体を通して背景が見えていなければ、ではあるけれど。
彼女は『バンシー』というモンスターであった。
『…………アアーーッ!!!!』
「あうっ!?」
唐突に。
何の前触れもなく彼女は甲高い声を張り上げる。
少女特有のキンキンする声音が千春の耳を襲う。
両手でがっちりと耳を塞ぐ。
それでも直接、脳を揺さぶりにきているようなバンシーの絶叫を完全に遮れるようなものではなかった。
呼吸をする必要がないバンシーは、その気になればいつまででも絶叫を続けられる。
けれど低レベルな序盤のモンスターである彼女は人として生きていた頃の感覚が抜けきっておらず、そのため必要のない息継ぎのために絶叫を止めた。
絶叫が止めば千春も動ける。
千春は取り落としていた炎帝の短刀を拾い、構える。
一瞬の躊躇。
そして千春は逃走を選ぶ。
転進し、駆けだそうとして、けれど目の前にバンシーがいた。
振り返れば、さきほどまでバンシーに塞がれていた方の道は無人(?)になっている。
(しかし回り込まれてしまった!?)
有名な、千春でも知っているセリフが脳裏を過った。
それなら、と千春は駆けだした足を止めるのではなく、そこからさらに一歩踏み込んだ。
そして炎帝の短刀を振り払う。
命中させるつもりはない。
回避行動により身を引かせ、その隙に脇を通り抜ける作戦だった。
けれど、
「ええっ!?」
バンシーは身を引くどころか、千春の振るう炎帝の短刀の軌道もお構いなしに宙を滑る形で浮いた体を前へと進めた。
すでに千春の攻撃は開始されている。
攻撃モーションに入った以上、今の千春に途中で止める術はない。
PSには攻撃キャンセル技もあるのだが、そんなPSが突発的に使用できるほど千春は熟練していない。
炎帝の短刀は滑り込むようにバンシーの体に食い込み、そして何の手応えもなく通過した。
「……ええ?」
彼女たちバンシーは実体を持たないモンスターだ。
それは当然のように【物理攻撃無効】の特性を持っている事を意味している。
ただ【完全物理攻撃無効】ではないため、物理攻撃でダメージを与える方法はある。
光属性の攻撃手段を用意する事。
それだけだ。
簡単な事のようだが、光属性に限らず基本的にエンドワールドでは属性武器の入手は困難な部類に入る。
だから普通のプレイヤーは魔法使いなどをパーティに加えて『彷徨いの森』を攻略していた。
当時のノエルたちも臨時メンバーとして魔法使いをパーティに加えて攻略している。
それを知らなかった千春の攻撃は当然バンシーには通らず、けれど炎帝の短刀の火属性追撃効果は有効でダメージにはなるものの、それでは倒しきれなかった。
そしてバンシーの反撃。
ひんやりとした小さな手が千春の両頬に添えるように触れた。
「ひゃっ!?」
その手の冷たさに、ぞくりと背筋が震える。
鼻と鼻が触れ合いそうなほど近くに少女バンシーの痩せた顔がある。
人と変わらないように見える。
そう意識した瞬間、千春は動けなくなった。
人として見てしまったからではない。
ただただ純粋に体から力が抜けて動けなくなった。
否。
動けないようにされた、の方が正確だろう。
バンシーは一つの魔法を使っている。
それは触れた者の生気を奪う魔法。
【ドレインタッチ】
その魔法を纏った手に触れられたプレイヤーは、その触れられた時間に応じた分のHPを吸収される。
仲間がいれば魔法やアイテムでバンシーを引き剥がせるのだが、ここには千春一人しかいない。
魔法攻撃に対しても紙装甲な千春のHPはぐんぐんバンシーに吸収され、すぐにリスポーンする事となった。
▼ ▼ ▼
「あ……!」
千春が目を覚ましたのは自分の拠点にある自室のベッドの上。
慌てて装備とステータスを確認する。
装備は全て揃っていた。
手放していた炎帝の短刀も装備武器欄に標示されている。
「でも経験値はだいぶ減ってる……」
レベルアップ目前だった経験値は、レベルダウンこそ免れたものの大幅に減少し、『彷徨いの森』に挑戦する前よりも少なくなっていた。
今までの時間が完全に無駄になったのかと千春の口からため息がこぼれた。
「あ、素材は?」
気付いてストレージを開いて中にある『彷徨いの森』のゾンビアニマルシリーズのドロップアイテムをチェックしていく。
ほぼドロップアイテムは『死肉』であった。
次に多かったものが『腐肉』。
『骨』も多く落とした。
一番少ないものが『死魂の欠片』。
小指の爪ほどの小さな紫色をした石の破片である。
用途は不明で今の所、千春の知る装備品レシピの中にも『死魂の欠片』を使うものはない。
確認を済ませた後、寝室を出てリビングに降りた。
千春はソファに腰を落ち着け、再びメニューを開く。
そのまま千春は攻略掲示板のページを開き『彷徨いの森』について調べる。
拾える素材、その素材で作れる装備、遭遇モンスター。
その中にはバンシーについての情報も載っていた。
「光属性武器かあ……」
光属性の武器を千春は所持していない。
「なければ作ればいいだけだよね」
そうなれば後は必要事項を調べるだけでいい。
特に光属性を武器に付与するための『光の魔石』の在り処を重点的に。
死霊系モンスターに効果的な魔法使い職プレイヤーをパーティに勧誘する、もしくは攻略千春が何処かのパーティの仲間に入れてもらい攻略する、という方法は考慮される事もなく千春の中では考えるまでもない方法として問答無用で却下されていた。
「光属性の武器を作ってから再挑戦だ!」
決意を口にして宣言してから、
「でも今日はもう時間も遅いから光の魔石探しは明日からだね」
千春はログアウトした。




