44話
鍛冶セット初級と上級の違い。
それは作れる装備の種類にある。
初級の場合、作れる装備は普通のナイフからブロードソードなど一般的に『弱い』とされる武器。
そこに鍛冶師が特別な鉱石を加えてアレンジする事で派生装備へと変化する。
ノエルの自在剣のレシピは『スティレット』で、それに浮遊石を加える事で自在剣へと派生している。
エンドワールドでは武器ビジュアルも個性として手を加えられる仕様のため、同じように自在剣を錬成しても千春の作った自在剣と全く同じになるかは、その作り手次第である。
「おお!」
今回、鍛冶セット上級を手に入れた事で千春の鍛冶レパートリーは飛躍的に増えた。
それに、これまでと同じ装備品を錬成しても同じ性能には、もうならないだろう。
上級者の金槌、上級者の金床には、錬成する装備品の性能にランダム%で上昇するようになっている。
もちろん上昇数値には上限が設けられており、その上限は最大20%。
千春は錬成できる装備の数が飛躍的増加を果たした事に歓喜の声を上げた。
しかしそれは、
「…………ぉぉ」
直後に急転直下した。
「『悪魔のナイフ』特殊効果『3回攻撃』」
3回連続で攻撃できる有用な特殊効果である。
欲しがる者も多そうだ。
ノエルの自在剣を悪魔のナイフをベースに錬成し直しても『3回連続攻撃』の効果が得られるかは微妙な所ではあるが、この悪魔のナイフにはINT値+効果もあるため、確実に今の自在剣より強くできるだろう。
けれどそれは錬成可能な事を前提とした話である。
「『魔鉱石』『悪魔の爪』『呪詛玉』……」
以上が悪魔のナイフ錬成に必要な最低限の素材。
どれも所持していない素材ばかりだった。
そこに純度の高い浮遊石も加わる。
「う~ん……」
攻略掲示板でそれらの素材について検索してみる。
結果はノーヒット。
否。
正確にはヒットはした。
だが千春と同じように素材入手場所の情報を求める書き込みばかりだっただけだ。
それらに対する答えも『新大陸に期待』というものが多い。
未実装じゃね? という事である。
レシピだけがあっても素材がなければ錬成は不可能だ。
つまり上級は今の所、宝の持ち腐れ、という事になる。
「この【ダブル】の魔法も……」
魔法欄を表示する。
千春の習得している魔法は二つ。
【サイコキネシス】と【ダブル】。
【サイコキネシス】は初級魔法であるため消費MPも少なく、千春でも使える。
ただ【ダブル】は消費MP48と大きい。
現状でも使えなくはないけれど、それでも使えて最大3回。
鍛冶では炉の【火力調整】もMPを消費する事を考えると2回しか使えないと考えるのが妥当のように思えた。
「本当に無駄遣いだったかなあ……」
いつかは使える日が必ず来るであろう事を考えれば一概に無駄ではない。
遅いか早いかの違いだけで、いつかは必ず買っていただろうから。
けれど少なくとも今の千春には特に必要ではないとも思えた。
錬成時に装備品のパラメータが上昇する効果は有効なので、まったくの無駄ではないけれど。
それでも試し打ちはしてみよう、と千春は黒鋼鉱をストレージから取り出して、上級者の金床(初心者の金床との違いは特になかった)に乗せる。
上級者の金槌を握り、振り上げる。
今まで使っていた初心者の金槌よりもかなり軽い。
「……ああ。ステータスに割り振ったからかな?」
一気にSTR値が30近くも急激に上げたため、そう感じるのだろう。
疑問も解消した所で千春は金槌を振り下ろす。
錬成するのは『グレートソード』。
STR+50という破壊力にのみ注力した両手剣である。
ただAGI-50という効果も付随する。
これの装備者はほぼ確実に敵からの攻撃を回避できないと考えた方がいい。
それ以前に歩く速度にも多大な影響を及ぼす覚悟が必要である。
「えいっ、やあっ、とおっ」
掛け声は必要ない。
けれど千春としてはタイミングを取るために必要な合図でもあった。
千春は知らないで行っているが、掛け声は意外と重要だったりする。
一定の間隔でリズミカルに金槌を落とす事により、錬成装備品の品質に若干の補正が入る。
若干であるため本当に微々たるものではあるが、ないよりはある方がいい。
「できたーーっ!」
漆黒の太く厚い刀身を持つ両手剣。
持ち上げようとして、けれど千春の今のSTRでも持てないほど重量のある武器。
切れ味がなくても叩き潰すための鈍器として使えそうである。
「数値は…………へ?」
『グレートソード STR+60 AGI-60 必要STR:130』
マイナス要素まで増えていた。
「あー、+値も-値も同じように上昇しちゃう感じなんだね……。てっきりわたしは+値だけが影響を受けるんだと思い込んでたよ」
このマイナス値では元AGI特化の千春でも身動きがほぼ取れなくなる。
そもそも装備可能STR値を満たしてすらいないため持ち上げる事さえ敵わない。
錬成装備のパラメータ数値の上昇は確認した。
千春は錬成したグレートソードに手を触れる事で、持ち上げずにストレージへと送る。
そう考えるとマイナスの発生する両手剣装備には使いにくい。
破壊力重視のケイには諸手を挙げて喜ばれそうではあるけれど。
「…………ん? 重いのは黒鋼鉱だからだよね?」
黒鋼鉱は鉄鉱石の十倍の重量がある鉱石だ。
それで錬成した武器なのだからグレートソードは重いに決まっていた。
「じゃあ浮遊石との合金にすれば……」
思いついたから千春はやってみる事にした。
残っている浮遊石のインゴットと黒鋼のインゴットを同数で用意する。
「これだと重さがなくなり過ぎちゃうかな?」
装備武器の重量も攻撃力判定に繋がる要素であるため、軽くしすぎると武器のSTR値が下がってしまう。
そのため、ある程度の重量は確保しつつ、かつ、軽くするための黄金比を見つけなければいけない。
そこは千春の運と勘に任せるしかない作業だった。
「これくらいでやってみよう」
黒鋼鉱インゴット4個と浮遊石インゴット2個。
追加素材がない分、検証はかなり楽な部類に入る。
この程度の検証結果であれば攻略掲示板に速い段階から提供されている。
それでも装備者の使用感もあるため『これが黄金比だ!』という対比は存在しないのだけれど。
そこだけは千春も理解はしている。
そのため今回の黄金比は使用者をケイに限定した黄金比である。
作り直したグレートソードを【目利き】で確認する。
『グレートソード STR+57 AGI-47 必要STR:110』
微妙だった。
けれど確かに軽くなっている。
STR値も下がってしまっているけれど、これがランダム数値によるものなのか、重量の軽減化によるものなのかは不明である。
それでも千春には持ち上げられないのだが。
もう一回。
今度は黒鋼鉱インゴット3個と浮遊石インゴット3個で錬成してみた。
『グレートソード STR+43 AGI-31』
重量を軽減化し過ぎた結果STR値が大幅に低下した。
特殊な効果も何もない、これは明らかに普通の失敗作だった。
「う~ん、難しいなあ……」
その後も数回、インゴットを割って3・5個などにしたりしてチャレンジするも、インゴットを割ると特性を喪失する事が判明しただけだった。
結局、黒鋼鉱インゴット4個と浮遊石インゴット2個の比率での錬成が一番という結果に落ち着いた。




