43話
大多数のプレイヤーが新アイテム、新素材、新モンスター、新イベントを求めてラグアを飛び出した事で、珍しくラグアは閑散としていた。
一応NPCもいるのだが、それより何よりプレイヤーの多いラグア。
その変化は目に見えるほどだった。
とはいえ、その変化は千春にとっては好ましい変化でもあった。
大きな通りを歩けばプレイヤーかNPCの肩に触れ合うほどの雑踏も、今はぽつりぽつりとしか通行人もいない。
「こんなに違うんだ……」
千春としても気持ちはわかる。
こんな性格でなければ確実に千春も新大陸に乗り込んでいただろうから。
特に千春の興味を引いてやまないのは新素材。
鍛冶に使える素材が確実に実装されているとは言えないけれど、それでも高確率で新素材を使用した装備の錬成はあると思う。
それを作ってみたい欲求は高かった。
けれど人にゴミゴミされて心が折れてでも行きたいほどではない。
今は我慢の時。
もしくはノエルたちのおこぼれに期待して、千春は滅多に歩けない中央噴水広場からラグア北正門を通るメインストリートを、お上りさんの如くきょろきょろと歩く。
並ぶのは巨大な店構えの商店、商店、商店。
宿屋、武器屋、防具屋、魔法屋、道具屋など種類も豊富だ。
「素材屋さんも覗いて行こ」
いらっしゃいませ、とNPCに出迎えられに、それ以上の会話を避けるために遠回りで店内を周る。
NPCとの会話は精神的には少しだけ気楽な千春。
けれど店員を避けるように店内を周るのは、もう染みついた現実での習性のようなものである。
ショーケースに並ぶのはインゴット。
青銅石、鉄鉱石、黒鋼鉱、ミスリル鉱をインゴットに加工した並品質のもの。
もちろん加工前の鉱石もミスリル鉱石以外は販売されている。
たまに掘り出し物として珍しい鉱石が並ぶ事もあるけれど、それは本当に稀。
たまたま千春が立ち寄った時に、たまたま掘り出し物が入荷するなどという幸運は、
「…………この真っ黒な鉱石なんだろう?」
あったようだった。
千春は特別厳重に保管されている鉱石を【目利き】を使用して見る。
結果、それは『ヒヒイロカネ』と表示された。
「へえ、わたしでも聞いた事くらいはある名前の石だ」
何となく凄そうなものとは理解した。
なら買っておいて損はなさそうだと判断して千春は値段を確認する。
値札には1000万Gと記載されていた。
「高い!? 高すぎるよ!!?」
千春の現在の所持金は250万G。
拠点に戻れば700万Gはある。
それでも足りない。
それに拠点に保管してあるお金は、浮遊石を購入してくれたノエルに返そうと思って貯めているお金だ。
目標金額1000万Gまであと少し。
ここで使うわけにはいかない。
今回の利益からも100万Gは返済分として貯金し、100万Gは次の鍛冶錬成の時に鉱石以外の素材購入代金にも使われる。
よって千春が自由に使えるお金は実質50万Gほど。
「うーん、ま、仕方ないか」
サクッと諦めた。
お金が足りないのだから仕方ないよね、と。
それから武器屋、防具屋と寄り、最後に道具屋に寄る。
魔法屋には寄らなかった。
道具屋ではまっすぐにカウンターの所にいる店員NPCに声を掛けた。
「すいません。商品の一覧ください」
「はいよ」
痩せ型の中年男性NPCが応じると千春の視界に現在販売中の一覧が表示される。
それを上から順に見ていき、その途中でスクロールする指を止めた。
「……鍛冶セット上級」
見つけたのは千春が現在使用している鍛冶セットの上位互換。
「あの、鍛冶セット中級はないんですか?」
「ないよ」
短い答えだった。
その「ないよ」は初級の次は上級という意味の「ないよ」なのか。
それとも「うちには置いてないよ」という意味の「ないよ」なのだろうか。
悩みどころである。
それでも千春の答えは最初から決まっているのだけれど。
「鍛冶セット上級ください!」
▼ ▼ ▼
拠点に帰ってきた千春はぐったりとリビングに置いてあるソファに全身で倒れ込む。
新しい鍛冶セットを購入できた事は嬉しい。
期待に千春の控え目な胸も高鳴っている。
否、高鳴っていた。
過去形である。
「ううっ、まさか使用するのにステータス制限があるなんて……!」
鍛冶セット初級は特にステータスに制限はなかった。
初級だから制限を入れていなかったのだろう。
そして、ゲーム初心者の千春は装備などにレベルキャップが設定されていたりする場合がある事を知らなかった。
そのため、せっかく買ったのに使えないなんて……っ! とこうして軽く絶望しているのである。
「50万Gもしたのに」
アイテム所持欄で鍛冶セット上級を表示する。
内容物は『上級者の金槌』『上級者の金床』『上級者の砥石』。
そして『ダブル』という魔法。
この魔法は使用者の分身を一定時間だけ作り出せる魔法。
炎帝の短刀の武器スキル【陽炎】の効果に似ている。
しかしこの【ダブル】は魔法でありスキルではないため使用制限などはなく、MPが続く限り使い続ける事は可能だ。
千春の場合、メイン職『暗殺者』もサブ職『鍛冶師』もレベルアップだけではMPが上がりにくい職業だという部分が問題といえば問題であった。
それ以前に使用条件を満たさなければ中に封入されている【ダブル】の魔法を習得する事ができないのだけれど。
メニュー画面を呆然と眺めていた千春。
そこで「は!」と気付いた。
メニュー画面に表示されている自分の名前の隣に並ぶ数字の存在に。
「こういう時に使わなくてどうするの、わたし!」
飛び起きて、さっそく千春はレベルアップボーナスポイントを割り振る。
ステータスキャップは『STR:85』『DEX:90』。
それを満たすように千春は割り振る。
というよりも制限解除に必要なだけ割り振り、残りは今回のように何かあった時のために残しておくつもりだったのだが、使ってみたら丁度使い切った。
足りてよかった、と大きく安堵する千春。
「よし、さっそく試し打ちしてみよ!」
気分一新。
うっきうきに豹変した千春は飛び跳ねるようなスキップで鍛冶工房まで移動する。
誰にも見られていないけれど、それは見ている方が恥ずかしくなるような移動方法だった。




