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38話 

 

 千春がするのは露店商よりも行脚商人の方が正確に表していると言える。


 町の中を歩き回って声を掛けてきた人に商品を売る。


 通常その場合、商品を取り扱っている事を強調するためにのぼりを背負ったり、荷物をわざと背負ってみせたり、一見して商人だと分かる恰好で行動する。


 けれど千春は普段通りの恰好で歩いていた。


 炎帝シリーズの装備品は目立つが、それは明らかに戦闘職の恰好であり、装備である。


 そのせいで千春が商売をしていると気付けるプレイヤーは少ない。


 いるとすれば、それは思い当たる事がある人だけだ。


「あ! キミって確か『メイド兎隊』のメンバーだよね!? よかった! ずっと探してたんだ!」


「え!? さがっ!?」


「ああ! イベントの時に教えてもらってから裏通りを探し回ったけど店なんて見つけられなくてさ、途方に暮れてたんだ。よかったらキミたちの装備を作った人の店を教え」


「え、あ、その……っ!」


 ガバッと頭を下げて、すると千春に話しかけた男性プレイヤーの前に販売ラインナップを登録したデータボードが表示される。


 それを男性プレイヤーはスクロールさせて確認する。


「……キミが彼女たちの装備を作った人?」


 コクコクコクッ、と強く首肯する。


「何で喋らないのかとか気になるけど、まあいいや。じゃあ見せてもらうね」


 彼は無言でスクロールし、気になる商品や自分でも装備できる商品の詳細を表示しては目を剥く。


「本当に売物でいいの?」


 尋ねられている意味がよくわからず、千春はうさみみの乗った頭を縦に振る。


「じゃあこの『水蛇の鉾』を貰える」


 コクコクッと頷いて料金の請求メールを送信する。


 そのメールに記載されている金額で納得であれば了承である『Yes』を選んでタッチすれば自動的に所持金からお金が支払われる。


 その後で購入したアイテムが彼のストレージに入る。


 今回、彼が購入した水蛇の鉾は千春がもってきた中で安めの商品である。


 一本8万Gだが。


「ありがと。さっそく使ってくるよ!」


 嬉しそうに走り去ろうとした男性プレイヤー。


 その背中に、


「あ、ありがとう、ございました……!」


 弱々しい、とても恥ずかしそうな女の子の声が届き、彼は振り返る。


 そこには真っ赤な顔をした女の子がお辞儀をしていた。


 それを見て彼は気付いた。


 ただ恥ずかしかっただけなんだ、と。


「またお金を貯めて買いに来るよ」



  ▼  ▼  ▼



「あなた装備を売ってる人?」


「ひゃっ!? は、はいっ!」


 声を掛けられて振り返ると、そこには女性プレイヤーがいた。


 その遥か後方には男性プレイヤーが固唾を飲んで見守っていたりするのだが、テンパって視野狭窄気味の千春の視界には入らない。


「じゃあ装備見せてもらっていい?」


「ど、どどどどうじょ!」


 どもりまくった上に噛んだ。


 恥ずかしすぎて真っ赤になった顔を千春は俯いて隠す。


「やだ、この子の反応すっごい可愛い」


 母性本能をくすぐられつつ、彼女は送られてきた装備のラインナップを眺める。


 微笑まし気に千春を見つつ、適当にラインナップを眺めるだけだった彼女。


 その目が途中から変わり始めた。


「え? 嘘でしょ? この耐性値の装備が売られてるの? あ、それにこの鎧、可愛い」


 エンドワールドのプレイヤーの大半は男性である。


 そのため可愛い装備よりも恰好いい装備の方が多い。


 もしくは実用性重視の装備だろう。


「あ、それはフレアスパイダーの蜘蛛糸で布地を作ってミスリル鎧と合わせドレスアーマー風に仕立ててるんです」


「火属性耐性も69%もあるのね」


 十分、実戦にも耐えられるだけの数値である。


「それに武器もいいのが揃ってるし。見てもいい?」


「は、はい!」


 求められた片手剣をストレージから取り出して見せる。


 蒼銀色の刀身を持つミスリルソード。


 刀身の根元にはメイド兎が刻印されている。


「いいわね、これ。ドレスアーマーとミスリルソード2本貰える? それとこの鎧も一緒に」


「あ、ありがとうごじゃいます!」


 噛んだ恥ずかしさも忘れて千春は注文も剣を二振りと鎧二種類を渡した。


 これだけで代金は40万Gにもなる。


 その金額を彼女はさくっと払える。


 火耐性の装備が必要になるプレイヤーにもなると、その程度の金額はすぐに稼げるようになる。


 それに高ランクの火耐性値装備など市場に出回る事は極端に少ない。


 特に今は多くのパーティがアラロワナ火山の攻略準備を進めているのもある。


 耐性値20%程度の装備品でも取り合いになる事もある。


 簡単に言えば『掘り出し物』だった。


「売れた……!」


 歓喜に顔を綻ばせている千春から少し離れた所で男性プレイヤーの歓喜の声が上がる。


 けれど初めてちゃんとした(?)接客での売上に歓喜している千春に、その声は届いていなかった。


「お嬢ちゃん、俺たちにも見せてくれるか?」


 その声に話しかけられたせいで気付く余裕は消し飛んだとも言える。


 千春が振り返った先には厳めしい様相の男性プレイヤーたちがいた。


 完全に言葉を失った千春。


 腰を抜かしてへたり込むも、そこは花壇の様になっていて、その淵に腰を下ろしたように彼らには見えて特に気にはしなかった。


 震える手で商品ラインナップを送る。


 出来る事なら気絶したい千春だが、そう簡単に気絶などできないのである。


「お! 本当にあるじゃねえか!」


「ぴぃっ!?」


 突然の野太い大声に千春の口から悲鳴が漏れた。


 続いて上がった彼らの歓声に千春の悲鳴は掻き消されていたけれど。


 彼らの話によると千春の武器を買った人が、あそこで属性装備売ってる女の子がいるよ、と宣伝してくれたという事だった。


 それで彼らは千春に声を掛けたのだとか。


「お嬢ちゃん! ここにある火耐性装備、全部くれ! あと属性付いてる戦斧槍もだ! 武器はテメエらで揃えろよ?」


「ボスが防具だけでも買ってくれるから助かるぜ! お嬢ちゃん、俺には両手剣だ! 素材は黒鋼がいいな!」


「こっちはナックルだ。ミスリル製の水属性のをくれ!」


「俺にはダガーだ! 二本な! 火と水の両方を二本ずつ頼む!」


 震えているのか頷いているのか千春本人でもわからないまま、指を高速で動かして火耐性商品を絞り込み、その目録をメールで送信する。


 他の注文の品もメールでそれぞれに送信する。


「よっし! 取引成立だ!」


 彼の言葉とほぼ同時に千春にメールが返ってくる。


 決済されました、というメールだ。


「ありがとうよ! 行くぞ!」


「「「「おお!!」」」」


 じゃあなお嬢ちゃん! など千春に声を掛けて立ち去っていく男性プレイヤーたち。


 千春は立ち上がろうとして、足に力が入らなくて立てなかった。


 だからその格好のまま、


「ありがとうございまひた……!」


 精一杯のお辞儀をする。


 感謝の言葉は噛んだけれど。


 それに男性プレイヤーたちは笑い、手を振って去っていく。


 彼らのおかげで持ってきた商品の半分以上が売れた。


 属性付きミスリルソードが二本あり、無属性の防具などが数点ある程度。


 売り上げは一日で約368万Gにもなった。


「…………おうち帰ろ」


 壁を支えに立ち上がり、千春はゆっくりと家路に着いた。



  ▼  ▼  ▼



 後日、厳めしい顔の男性プレイヤーを筆頭とするパーティが属性装備で身を固めて町を歩き回り、喧伝という名の自慢をした事で、高ランクの属性値装備品を売る露天商プレイヤーの事が話題になった。


 高ランクの属性装備が欲しいプレイヤーは非常に多く、そんな有志たちによる露天商少女捜索は行われるも誰も見つけられないまま時間だけが過ぎ、そのまま一週間、半月と経過した。


 それでも噂になった少女は姿を見せず、その噂も下火になり始めたある日。


 彼女はひょっこりと現れた。


 現れてしまった。


 特徴的なうさみみを頭に乗せた少女。


 おあずけ状態だったプレイヤーたちに血走った目で商品を求められた少女は脱兎の如く悲鳴を上げて逃げ出した。


 もちろんプレイヤーたちは追いかけた。


 けれど誰も追いつけなかった。


 そのためネット上は『警戒心の強い野生のうさぎと思え!』『刺激したら逃げるぞ!』『ふれあい動物園を思い出せ!』など千春攻略のための言葉で賑わう事になる。


 その日から一ヵ月。


 再燃した少女の噂も再び沈静化し始めた頃。


「千春のヤツ、完全に野生の動物扱いされてんじゃねえか」


「にししっ、でも気配を消した男の人に背後から近付かれて声を掛けられたら、ちーちゃんならダッシュで逃げるだろうけど~、でも途中で転んでそうだし、捕まえるのは簡単そうだけどね~」


「ああ、確かに」 


 二人の視線は自然と鍛冶工房のある方へと向けられる。


 そこでは今も千春が金槌を振っているのだろう。


 ちなみにノエルは今日は学校の用事でログインできないと連絡が来ている。


 そのためケイとルシも今日はフィールドに出るのを止めて千春の拠点に来ていた。


「でもよ」


「ん~?」


 ルシは口元に笑みを浮かべて続ける。


「千春、やめるとは言わなかったよな」


「うん」


 応じるケイも微笑んでいた。


 彼女たちは千春が異性を苦手とし、それ以上に恐怖している事を知っている。


 だからこそ二回目の行脚活動から逃げ帰ってきた時、やめると言い出すと思っていた。


 その時は千春の決断を受け入れる事も事前に決めてもいた。


 嫌な事も怖い事も、全て新しい楽しい事で上書きしてやるつもりで。


 けれど千春は何も言わず、ただ鍛冶仕事を始めた。


「実際にやってみて何か思う所でもあったのかもしれねえな」


「いつか何があって何を思ったのか、ちーちゃんの口から聞けたら嬉しいね~」


「そうだな」


 だから今は何も言わず、三人は千春を見守る事に決めていた。


 

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